偉人の軌跡をめぐる旅

    太宰治の生家である太宰治記念館「斜陽館」。入母屋造りの豪邸だ

    個人宅としては極めて豪華な洋間

    桜並木が美しい芦野公園内を、津軽鉄道の気動車「走れメロス」が走る

    太宰が執筆した新座敷の和室。ここで23作品が生まれた

    偉人の軌跡をめぐる旅

    昭和の文豪・太宰治を訪ねて
    津軽[ 青森県 ]

    • 太宰治
    • 斜陽館
    • 芦野公園
    • 雲祥寺
    • 走れメロス号
    更新

    昭和を代表する文豪のひとり、太宰治。
    皮肉やユーモアを含んだ独特な文体により
    人間の内面を深くえぐり出す描写が
    時代を超えて今なお、読者を引き付けてやまない。
    作品は自身の生い立ちや日常を強く反映している。
    太宰が生まれ育ち、執筆活動の重要な時期を過ごした津軽を訪ねた。

    何不自由のない暮らしの中で
    苦悩を募らせた津軽での日々

    太宰治(だざいおさむ)は、1909年に青森県北津軽郡金木(かなぎ)村、現在の五所川原(ごしょがわら)市の名家に11人きょうだいの六男として生まれた。本名を津島修治(つしましゅうじ)という。津島家は津軽地方随一の大地主で、使用人を含めると30人以上が暮らす大所帯だった。

    太宰治の生家である太宰治記念館「斜陽館」。入母屋造りの豪邸だ

    太宰治記念館「斜陽(しゃよう)館」は、太宰誕生の2年前に建設された自宅だ。敷地は当時より大幅に縮小しているものの、宅地約680坪、建物は階下11室278坪、2階8室116坪の大豪邸である。戦後、津島家は建物を手放したが、1950年から旅館として営業し、多くの太宰ファンに愛された。1996年に旧金木町が買い取り、太宰治記念館として見学できるようになった。

    屋根まで吹き抜けにし、天井近くに明かり取りを備えた板間

    建てた当時、津島家は約4万円の工事費をかけた。現在の貨幣価値では5億円に相当する。主要部材には日本三大美林に数えられるヒバが使われた。明かり取りの窓を備えた吹き抜けに広がる板間、巨大で絢爛豪華な仏壇を納める仏間など、大きく剛健な造りに目を見張る。凝った細工が施された欄間など細部の造作も抜かりなく、見どころが豊富だ。

    左/広い仏間には、巨大かつ絢爛豪華な仏壇が納まる
    右/欄間にも趣向を凝らした精巧な造作が見られる

    斜陽館は、入母屋(いりもや)造りの日本建築ながら、内部は和洋折衷(わようせっちゅう)の造りだ。2004年には近代和風住宅の代表例として、国の重要文化財に指定された。大きな踊り場を備える階段と2階の洋間には、明治期に建てられた西洋館として名高い鹿鳴館(ろくめいかん)風のモダンな和洋折衷の様式が取られている。隅に据えられたソファは、中学生の太宰が寝そべってサイダーをがぶ飲みしたと、小説『津軽』に登場する。
    しかし、太宰はこの家に対し、忸怩(じくじ)たる思いを抱いていた。幼少期からの苦悩をつづった小説『苦悩の年鑑』では「この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである。」と記している。

    上/個人宅としては極めて豪華な洋間
    左下/階段踊り場の天井は寄木細工の美しい幾何学模様が印象的だ
    右下/階段の手すりなど細部に至るまでこだわりを感じる
    左/子どもたちの勉強部屋や遊び場でもあった母・タ子の居室
    右/右から3番目の漢詩に着目したい。最後に「斜陽」とある

    2階にある母・タ子(たね)の部屋は、雪の結晶をモチーフにした欄間、格式の高い格天井(ごうてんじょう)、湾曲した戸棚の天袋(てんぶくろ)など随所にこだわりの細工が見られる。子どもたちの勉強部屋であり、遊び場となっていたことから、太宰は多くの時間を過ごした。右から3番目の襖に注目すると、漢詩の最後に「斜陽」の文字を発見できる。太宰が幼少期から目にしていたと考えられ、小説『斜陽』との関連性がうかがえる。

    蔵の一部は展示室として、太宰の遺品や書簡といった資料を展示する。小説『走ラヌ名馬』の直筆原稿からは、短い生涯で数多くの作品を生み出した太宰の文学にかける情熱が伝わってくる。

    上/直筆の『走ラヌ名馬』の原稿。片仮名を基本とする一風変わった作品だ
    左下/展示室には、太宰が着用したマントなど貴重な品が並ぶ
    右下/赤煉瓦の塀に囲まれた敷地には、泉水を配した見事な庭園もある

    斜陽館から徒歩20分ほどで芦野(あしの)公園に着く。太宰が少年期に遊んだ公園だ。芦野池を中心とした約80万m2の園地は桜の名所として知られ、春には約1500本の桜が咲き誇る。太宰がとりわけ好んで遊んだ登仙岬(とうせんさき)には、太宰治銅像と太宰治文学碑が立つ。太宰治銅像は2009年に太宰生誕100年を記念して、太宰治文学碑は1965年に太宰の栄誉と郷土文化への功績をたたえて建立された。毎年6月19日の太宰治生誕祭には、全国から太宰ファンが集い献花される。

    上/芦野池にかかるつり橋からの眺め。太宰もよく遊んだと伝わる
    左下/2009年に太宰生誕100年を記念し建立された太宰治銅像
    右下/太宰治文学碑には太宰が好んだヴェルレーヌの詩が刻まれている

    芦野公園内には津軽鉄道が走る。「走れメロス」の愛称で親しまれるオレンジ色の気動車だ。桜並木のトンネルを走り抜ける芦野公園駅は、観光名所として知られる。

    桜並木が美しい芦野公園内を、津軽鉄道の気動車「走れメロス」が走る

    芦野公園駅には、1930年に建てられ約45年間使用された「津軽鉄道旧芦野公園駅本屋」が保存されている。『津軽』に登場する芦野公園駅は、同本屋が現役だった頃のものだ。現在は喫茶店「駅舎」が管理・運営し、切符の販売も担う。切符は今ではめったに見かけなくなった厚紙タイプの硬券だ。旅の記念に購入する人も多い。津軽鉄道はおおむね1時間に1本、上下線のいずれかの気動車が発着する。コーヒーを味わい、太宰の本を繰りながら、ゆったりと気動車を待つのも一興だ。

    駅舎で津軽鉄道を眺めて味わうりんごケーキは格別だ。ケーキセット(900円)
    上/現在は喫茶店として憩いの場となっている津軽鉄道旧芦野公園駅本屋
    左下/駅舎の元の構造をそのまま生かした喫茶スペース
    右下/切符は硬券。専用のハサミでパチンと切れ込みが入れられる

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