博物学の巨匠・南方熊楠を訪ねて
南紀[ 和歌山県 ]
- 南方熊楠
- 神島
- 奇絶峡
- 鬪雞神社
- 南方熊楠顕彰館
博物学・民俗学の先駆的存在だった南方熊楠は
人生の大半を南紀で過ごした。
特に生物学者として、粘菌の研究で多大な功績を残す。
南紀の自然保護にも尽力した熊楠は、学者だけでなく
日本におけるエコロジストの先駆者としての一面も持つ。
研究の姿勢を生涯貫いた熊楠の軌跡を訪ねた。
学者として、エコロジストとして
自然を守り、植物の研究に没頭する
帰国後は、和歌山県
熊楠は日本のエコロジストの先駆けとしても知られる。日本でいち早く「エコロジー(生態学)」の言葉を用い、現在の自然保護に通じる思想を提唱した。エコロジストとしての熊楠の活動を象徴する場所が、田辺湾にある
神島に上陸した熊楠は、南紀の典型的な植生が残っていることに気付き、本来の森の姿を確認できる環境として保全すべく奔走した。"おやま"と"こやま"の2島から成り、島全体が神島神社の神社林として大切に守られてきた。
熊楠の尽力により、1912年に神島は保安林に指定され、1929年には
神島は現在、環境保全のため無断上陸が禁止されている。対岸にある
鳥ノ巣半島から北へ、高尾山方面に車を約20分走らせると、
奇絶峡の散策路は見どころが多い。滝見橋を渡り進むと落差約23mの不動の滝が現れる。
左下/渓谷を流れる会津川。流れは速く、巨岩や奇岩が点在する
右下/不動の滝は、不動明王をまつるお堂の真横にダイナミックに落ちる
散策路を進むと、一枚岩に彫り込まれた
熊楠は一時期、神社
奇絶峡にも、水力発電所や道路の建設計画が持ち上がった。熊楠は奇絶峡を「美景は
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