リーダーたちの羅針盤
父が築き上げた
物流会社を
時代に合う形に
経営から改善
株式会社日東物流
菅原 拓也代表取締役
自分の会社だけでなく、物流業界全体のレベルアップに貢献したい。菅原拓也社長は諦めない気持ちと地道な努力で、労働環境の改善に取り組む。
- リーダーたちの羅針盤
- 2024年問題
- 物流
- 健康経営
- コンプライアンス
- 事業承継
この記事のポイント
- BtoB輸送を展開する物流会社、日東物流の菅原拓也社長
- ドライバーの事故をきっかけに労務問題に取り組む
- 10年以上かけて労働環境を改善。働きやすい会社へ
日東物流は、関東エリアで冷凍・チルド食品の配送などBtoB輸送を展開しています。この4月から、いわゆる「2024年問題」によってトラックドライバーの労働時間が月平均80時間に制限されますが、私たちは15年ほど前から労働環境の改善に取り組んできました。
といっても、時代を先読みしていたわけではありません。私が日東物流に入社して2カ月目に、当社のドライバーが配送中に人身事故を起こし、運輸局の特別監査が入る出来事があったのです。事故原因は会社側にあると認定されなかったものの、3日間の営業停止を受けました。次に事故を起こせば営業許可を取り消される。コンプライアンスを整備しなければ会社の存続も危うい。私の日東物流でのキャリアはそんな背水の陣からのスタートでした。
かつてトラックドライバーの仕事は、きついけれど年収1,000万円も夢ではないと言われていました。しかし、1990年にトラック運送業が規制緩和され、事業者が増えたことで運賃ダンピングが横行。ドライバーの給料は低下しました。それなのに長時間労働だけは残り、常態化している状況をこの事故をきっかけに知りました。
特に勤務と勤務の間の休憩時間(勤務間インターバル)が不十分でした。深夜に勤務を終えたばかりなのに、早朝、眠たい目をこすりながら「おはようございます」と出勤するドライバーを何度も目にしました。よくないことだと思いつつ、「気を付けて安全運転で行ってきてね」と声をかける。心苦しい。そんな状況を知りながら、見て見ぬふりをして会社を存続させることに意味はあるのか。私の答えは、「ノー」でした。
とはいえ、社内では「他の会社もみんなやっている」「現場もよく知らないのに正論ばかり」と言われ、改善への賛同を得るのは困難を極めました。大きなネックが費用です。例えば、規定通りに従業員を社会保険に加入させれば、年間で支出が1,000万円増える。コンプライアンス整備には多額の費用がかかります。
努力してできなかったのならともかく、やろうともしないのは納得がいきません。当時、経理担当だった私は、事業コストを細かく見直して社会保険の費用を捻出しようと思い立ちました。不要な高速道路利用を一般道に切り替えるなどの小さな努力を積み重ね、当時社長だった父に「年間500万円を浮かせたので、そのお金で改善をやらせてほしい」と直談判しました。少しずつ労務問題の改善を進めていったのです。
売り上げを下げ、利益増
コンプライアンス順守を訴え始めた当初は、社内で浮いてつらい時期もありました。父からも「考えが甘い」「経営を分かっていない」と言われ、関係がぎくしゃくする始末でした。それでも泥臭く続けられたのは、管理職の反応や従業員の何気ない会話に、小さな変化を感じる場面が増えていったからです。
ですが7~8年続けても、労働時間を規定以内に収められませんでした。残された道は仕事量を減らすか、人手を増やすかの2択でした。すでにドライバー不足が問題になっていたので、仕事量を減らす=売り上げを減らすしか道はないと考えました。
今でこそ適正運賃や価格転嫁がうたわれるようになったものの、当時の商売は丼勘定が当たり前でした。そこで経費や稼働時間を綿密に計算したところ、「もうかる」と思っていた仕事が実は赤字だったり、「安い」とこぼしていた仕事の利益率が意外に高かったりという事実が判明したのです。シミュレーションを行った結果、採算性の低い仕事を見直したり整理したりすれば、売り上げは減るが利益はむしろ上げられる感触を得ました。
リスクを覚悟した上だったとはいえ、長く付き合ってきた取引先の仕事を断るのは怖かった。売り上げを落とす選択は初めてで、そもそも正解かどうかも分かりません。それでも踏み出せたのは、根が楽観的で不思議と何とかなるだろうと思えたからです。ただし、想定通りにいかなければ、「あの保険を解約しよう」「自分の報酬はこれくらい削ろう」という覚悟はしました。
取引先との交渉では、ガソリンの値上がりといった提示価格の根拠を明確に示すことが大切だと考えています。取引先が納得できるものであれば、要望通りの額とはいかないまでも、交渉にはある程度応じてもらえるものです。また、価格だけでなく距離・時間の短縮などの条件も用意します。加えて、利益がどれくらい出るかという観点で仕事に優先順位を付けているため、どこまでなら譲歩に応じられるか、交渉を継続すべきかどうかで迷わず、厳然とした態度で交渉に臨めました。
採算性を考えて撤退した仕事もあり、売り上げはピーク時から2割減りました。それでも利益は2倍以上に、利益率は3倍近く増加。その分、労働環境改善への投資を増やせています。
改善で離職率が低下
私の性格上、自社のドライバーが実際には200時間残業しているのに、監査に出す書類に65時間と書くのは胸が痛んで耐えられない。そうやって捻出した利益から報酬を得ても、心のもやもやが残ります。
極端な話、"正しいこと"をやらないなら誰が経営しても同じだと思います。私がやる以上は、正しい道を進むべしとの思いが心の底にあります。当社が進めるコンプライアンス経営は、一つの実証実験みたいなものといえるかもしれません。"悪しき習慣"が色濃く残る物流業界で、ルールを守っても経営は成り立ち、利益も出せるのを証明したいと考えています。
コンプライアンス経営でよく見られるのが、「2024年問題に対応するため、4月からは残業を月80時間以内にしなさい」と号令をかけるだけのケースです。そこに、「利益はきちんと出す」「従業員はあまり増やさず仕事を回す」という注文を加えるのは無理な話です。残業を減らせば、必ずどこかにしわ寄せがいきます。その責任を現場に押し付けるやり方では、残業時間を減らせても別の問題が出てくるでしょう。
日東物流では、労働時間が減ってもこれまで通りの給料を維持できる給与制度にしています。1人当たりの労働時間減によって影響を受ける人件費の増加や仕事量の調整は、経営側で解決するやり方にしました。こうして、現場は労働時間を短くする部分だけに集中できるようにしたことが、功を奏したように思います。
とはいえ、数年でドライバーの労働時間を規定以内に収めるのは至難の業でした。私たちも、毎年少しずつ残業時間を短くするのが精いっぱいで、コンプライアンス上問題のない時間にするのに10年以上かかりました。ですがその結果、離職率がぐんと下がるなど、うれしい変化も出てきています。
健診の本質を理解する
日東物流は、「健康経営優良法人(中小規模法人部門)」の認定実績もあり、健康経営の取り組みを各方面から評価いただいています。
最近は、コンプライアンスと健康が経営の両軸といわれます。私が一番大事だと考えているのはコンプライアンスで、健康はその中の一要素という認識です。だからこそ、健康面への投資は惜しみません。
健康経営の判断基準の一つが健康診断の受診率で、多くの会社がそこに力を入れます。肝心なのは、何のために健康診断を受けさせるのか、その本質を理解しているかどうかだと思うのです。
トラックドライバーでいえば、安全に運行するには健康であることが前提となり、そのために健康状態を把握する必要が出てくる。つまり、健康診断の結果に応じたフォローによって、健康寿命を延ばすことが大切なのです。
それが分かれば、何をすべきかはおのずと決まってきます。健康診断と再検査はもちろん(いずれも実施率は100%)、運転中の事故につながる睡眠時無呼吸症候群( SAS )の検査や、脳卒中の発症リスクを調べる頭部MRI 検査も受けてもらっています。SASは会社が治療費も補助しています。いずれも費用がかかるので、検査内容や対象年齢を少しずつ拡大した結果、ようやく今に至っています。
変化への対応力が必要
時代が変わっていく中で、同じやり方がいつまでも通用するとは考えていません。決算が黒字であっても、安堵感より翌年への不安が大きい。おそらく経営者でいる限り、ほっとする時間はないような気がします。
2017年に私が代表となった時、父は役員にも残らずすっぱりと身を引きました。「おまえが正しいのは分かる。でも、寝る間も惜しんで働いてきた自分からすると、どうしても生ぬるく見えてしまう。だからおまえに代わる」と言われた時は、息子ながらぐっとくるものがありました。がむしゃらに築き上げてきたやり方を、父としては半ば否定される形でバトンタッチしたわけですから。
私は父のように、創業者特有のゼロからイチを生み出す力もカリスマ性も持ち合わせていません。ですがビジネス本を数十冊読んで、「正解にたどり着くルートは人によっても会社によっても違う」と気付いてからは、気持ちが楽になりました。自分にできるのは、理論武装して今の時代に合う形でロジックに落とし込む経営。一人では父にかなわない。従業員の力を借りながら、会社がレベルアップしていけばよいと考えています。
目標とする経営者はたくさんいます。強いて挙げるとすればイタリアのラグジュアリーブランドの創業者ブルネロ・クチネリ氏です。従業員に高水準の給与を支払い、利益を地域の公園や図書館に投資する「人間主義的資本主義」を実践している。自分だけ、会社だけではなく、地域全体を豊かにする哲学に共感を覚えます。
続く"実証実験"
子どもの頃からトラックドライバーの働く様子を見てきました。普段はインフラとして製造や流通を支え、災害時には普段の何倍もの時間をかけて店に食料や水を届ける姿は、純粋にかっこいい。エッセンシャルワーカーであるにもかかわらず、労働環境などでマイナスイメージが先行するのは残念でなりません。ドライバーがプライドを持って働ける環境をつくり、積極的に情報を発信してイメージをプラスに変えていきたいと思います。
また、ドライバーの中には社会保険の加入期間が短く、受け取れる年金額が少ない人もいます。健康寿命を延ばす意味でも、希望する人が定年後もドライバー以外の形で働ける受け皿をつくろうと、新たな模索もしているところです。
2024年問題に関して、メディアでは宅配の再配達や料金がよく話題に上ります。実は、物流における宅配の割合は1割未満です。問題がより深刻なのはBtoB 配送です。今後、配送の仕組みや手法が大きく変わるでしょう。アンテナを張ってそうした動きを敏感に捉え、変化に対応していく必要があります。
コンプライアンスでも健康経営でも、物流業界ではトップレベルでも、他業界では最低レベルだった例が少なくありません。「以前よりよくなった」「周囲より進んでいる」では、まだまだ不十分。これからも私なりの"実証実験"を進めて、より働きやすい会社にする。それが物流業界のレベルアップにつながれば何よりです。
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「トラックドライバーが
プライドを持って
働ける会社に」
菅原 拓也
大学卒業後、大手運送会社などを経て2008年、家業である日東物流に入社。2017年9月、代表取締役に就任。コンプライアンスの徹底や健康経営の実践を通して、企業体質の健全化のみならず財務体質を強化させる経営手法が評価され、千葉県の物流企業として初めて、経済産業省の認定する「健康経 営優良法人」に選出されるほか、リクルート主催「GOOD ACTIONアワード」や産経新聞社主催「千葉元気印企業大賞」を受賞するなど、物流業界にて注目を集めている。
企業情報
- 社名
- 株式会社日東物流
- 事業内容
- I. 一般貨物自動車運送業
II. 第一種利用運送事業 - 本社所在地
- 千葉県四街道市大日572
- 代表者
- 菅原拓也
- 従業員数
- 107人(2023年12月末現在)