リーダーたちの羅針盤

社員を笑顔に。
社内改革で目指す
ES経営

チロルチョコ株式会社
松尾 裕二代表取締役社長

アイデアマンだった父の後を継いだ松尾裕二社長が掲げるのは、就業環境の強化だった。社員の笑顔があってこそ、良い製品が生まれると語る。

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この記事のポイント

  • チロルチョコで知られる松尾製菓の松尾裕二社長
  • ミッションは社員の笑顔。社員満足度(ES)調査を毎年実施する
  • 顧客との交流や社内コミュニケーションがやる気を生み出す

チロルチョコは、私の曽祖父が福岡県に設立した松尾製菓が1962年に販売をスタートし、60年以上の歴史を持つロングセラー商品です。松尾製菓は西日本を中心に販路を持つ駄菓子メーカーでした。3代目社長の父・利彦(現顧問)がコンビニエンスストアに販路を広げ、チロルチョコを全国的なブランドに育て上げました。2003年には松尾製菓が100周年を迎え、それを機に04年には企画・販売部門を独立させたチロルチョコ株式会社を東京に設立。父は以前から「自分が65になる年に代替わりする」と公言していたことから、17年に父・利彦の後を継いで、私がチロルチョコおよび松尾製菓の取締役社長に就任しました。

17年6月9日、社長交代を知らせる全面広告が経済紙「日経MJ」に掲載されると、お取引先をはじめ各方面で話題になりました。「チロルチョコの社長がかわりました!!」という見出しと共に、「仮免許練習中」のプレートを付けて車のハンドルを握る私と、その横で怖くて息子の運転を見ていられない!とばかりに両目を手で覆い、絶叫する父の写真が掲載されたのです。「形式ばった挨拶ではないところに、チロルチョコらしい遊び心を感じる」と評された新聞広告は、アイデアから写真の構図、見出しの文言まで、すべて父が考案したものでした。

父はアイデア、息子は数字

チロルチョコのファンが集う「チロルフェス」。松尾社長と社員たちが一丸となってさまざまな趣向を凝らしたイベントを企画している

父は社内外で発想力が豊かなアイデアマンとして知られていました。商品開発の新しいアイデアを毎日のように持ってきて、「これをやってみよう、こっちはどうだ?」と企画をラフに描いてみせる。その様子は本当に楽しそうでした。これは父の才能で、同じようには自分はできないなと入社後すぐに感じました。

一方で、父があまり関心を示さないビジネスに関わる数字の部分は、私が得意とする分野です。いずれチロルチョコに入ったときに役立つようにと、大学卒業後、コンサルティング会社に就職して雇用に関わる業務を担当した経緯もあります。入社して数年間、父の下で働いている間は、総務や予算・管理といった父が手薄にしがちな業務に注力しました。父も「よくやっている」と言ってくれていたようです。

父と私は性格や得意分野が真反対に近い。だからこそ業務においてお互いに補完し合えたと思っています。とはいえ、自分の代になって商品力が落ちてしまわないかは大きな懸念材料でした。今でもその心配はゼロではありません。

だからこそ、クリエイティブな部分では社員の自由な発想やアイデアを生かしたい。発想やアイデアをスムーズに形にできる組織づくりを心がけました。わが社では年2回、定番と春夏の新商品を紹介するパンフレットを作ります。新商品の企画づくりに毎回、社員が3~5のチームに分かれ、各チームがそれぞれ30個近い企画案を提出します。チームによるプレゼンテーション→選定→試作品づくりの順に進めて、新商品をブラッシュアップします。

最終的には私がGOを出しますが、年を重ねたせいか、最近、チロルチョコのメインのお客さまである30~40代の女性の感覚と自分の好みとの間に少しギャップを感じるようになってきました。数年にわたって私がダメ出しをしたボツ企画があったのですが、担当者が諦めずにプレゼンをしてくるので、「じゃあやってみるか」とOKを出したところ、意外なヒット商品になったことがありました。経営者の視点で判断すると、どうしても万人受けするアイデアを選びがちですが、開発者の思いがギュッと詰まったものや、独特な嗜好性があるほうが熱狂的なファンダムを生み、売り上げが伸びることがある。最近は、迷ったら開発者の思いに乗ってみようと思うケースが多くなりました。

ES調査で課題洗い出し

社長就任後にまず考えたのは、自分が目指すべき経営者像の明確化でした。父には「クリエイティブの力で会社を引っ張る」という分かりやすい経営者像があります。一方私は、入社してから社長になるまでの期間が6年しかなく、短いスパンで各部署の業務を経験しました。営業が得意とか、開発力が強いといった独自のカラーを押し出せていませんでした。

そこで、経営の軸となる指針を分かりやすい言葉で伝えるために取り入れたのが、ミッション経営です。今、チロルチョコが果たすべきミッション(使命)は何なのか。私が真っ先に社員に伝えたのは、「あなたを笑顔にする」というミッションでした。「あなた」は社員であり、お客さまや社員の家族であり、お得意さまであり、チロルチョコに関わるすべての人を意味します。社員が笑顔で働ける会社でなければ、良い製品は生まれません。社員の笑顔がお客さまをハッピーにして、さらに社員の家族やお得意さまの間に笑顔が広がっていく......。そんな笑顔の連鎖をつくることが我々の使命だと考えたからです。

社員を笑顔にしよう。このミッションを達成するための具体的な取り組みとして、社員満足度(ES)調査を5年前から毎年実施しています。初回の結果は悲惨なものでした。無記名のアンケートで特に記入が多かったのが、人事評価に対する不満と給与の問題でした。社長になるまでの6年間、私なりに業績アップに貢献し賞与の金額も増やしていたので、このような不満が出てくるとは思いもしませんでした。

とはいえ、社員の訴えはしごくまっとうであり、特に人事評価については改善すべき点が多々ありました。以降、社員満足度を重視するES経営に力を入れ、プロジェクトチームをつくって福利厚生の充実や労働環境の改善、人事評価制度の見直しや給与体系の改定に取り組んでいます。

プロジェクトには人事や総務だけでなく、開発、営業、製造などの部署から横断的にメンバーを集めています。通常業務をやりながらプロジェクトに参加し、秋には全社員の前で活動内容を報告する。社員の負担は決して小さいとはいえません。それでもメンバーとして活動することで、課題に"自分事"として向き合う意識が育つと期待しています。

この5年間に何十というプロジェクトを掲げ、問題点を改善してきました。おかげで離職者数が減ってきています。父の代から勤めるベテラン社員から、「働きやすい職場になった」という評価の声を聞きます。資格取得手当やセミナー参加費などの支給をスタートし、社員が自分をブラッシュアップするサポート体制も整えているところです。

ES経営には手間や時間、費用がかかります。ですが会社に対するロイヤルティーが上がれば、製品やサービスの向上につながります。その結果、お客さまの満足度が上がって売り上げがアップする。それを原資に、さらに就業環境の改善が進むというプラスの循環が生まれるのです。幸い、過去のES 調査の結果はほぼ右肩上がりです。今後もES経営の優良企業を目指して努力したいと思います。

やる気生む、顧客との交流

社員の自由な発想を生かせるように、できる限りコミュニケーションの場をつくり、部下の声に耳を傾ける

チロルチョコの成長には、熱心なファンの存在が欠かせません。我々が"チロリスト"と呼ぶチロルファンです。チロリストとの交流は、もともと「チロルMTG」という「オンラインイベント」を通じて年に数回行っていました。また、それとは別に「チロルフェス」というリアルファンイベントを2022年と23年に各年1回行いました。

チロルフェスは初年の22年に100人以上が来場し2年目の23年には新型コロナウイルスも落ち着いたこととチロルフェスがお客さまに認知されたこともあり、1100人以上に上るチロリストが参加してくれました。20年分の包装紙コレクションを持参した人、スーツケースにチロルチョコのデコレーションをしてきた人...... 商品をこれほど愛してくれるお客さまと直接会って交流できることは我々にとって"至福"ともいえます。

できるだけ多くの社員にこの幸福な気持ちを味わってほしいと考え、2年目の23年は、松尾製菓のある福岡の社員や製造部、営業部の社員にも声をかけて、たくさんの社員が参加しました。地方の社員には旅費なども支給したため赤字でしたが(笑)、イベント終了後に社員の声を聞いて参加者を募って本当に良かったと思いました。

わが社には日報の代わりに、仕事で気付いたことや商品のアイデア、プライベートな出来事を書いて各部署のメーリングリストに送ってもらう、「夜メール」というシステムがあります。メールを通じて社内での出来事や情報を共有し、コミュニケーションを円滑にするのが目的で、私自身もその内容をチェックしています。ここにイベントについてさまざまな書き込みがありました。「感動した!」「仕事のモチベーションが上がった」「もっと製造の過程に気を配りたい」......こうした社員の熱い思いを知って胸がいっぱいになりました。今後もお客さまとじかにコミュニケーションする機会を増やしていこうと思います。

夢は「アジアを笑顔に」

父はよく、「チロルチョコは駄菓子を作っているのではない。我々はチョコレートメーカーだ」と語っていました。父のプライドであり、それを体現すべくさまざまなアイデアやデザインを考案したのだと思います。「駄菓子には子ども向けで安いイメージがある、その感覚で商品を作るな」という父の考えを私は大事にしたい。同時に駄菓子としての魅力もアピールしたい。駄菓子は日本独特の文化です。その世界観には老若男女を問わず魅了されるものがある。今後、チロルチョコのブランディングを考える上で、駄菓子とチョコレートメーカー、両方の"いいとこ取り"をしていきたいです。

目標の一つにアジアでの販路拡大があります。会社のVision(未来像)に「ONE TIROL ONE SMILE ONE ASIA」を掲げています。ここに「チロルチョコがアジアの人々を笑顔にする」という思いを込めています。円安で材料の仕入れは厳しいですが、輸出ベースでは追い風となっています。19年には、海外販売の展開を見据えてベトナムにチロルチョコの新工場を設立しました。ある日、アジアのコンビニエンスストアにふらっと入ったらチロルチョコが並んでいる。4代目の私が引退するまでにこの目標を達成したいですね。

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「迷ったら、社員の『思い』を
信じて企画を選びます」

松尾 裕二

1986年、福岡県生まれ。立教大学経済学部経済学科卒業後、コンサルタント会社で雇用に関わる業務の経験を積む。2011年、チロルチョコ株式会社に入社。販売・開発・製造部門の部長を経て、17年5月に同社、および松尾製菓株式会社の取締役に就任する。従業員満足度の高いES経営を経営方針の一つに掲げ、毎年、ES調査を行っている。

企業情報

社名
チロルチョコ株式会社
事業内容
チョコレート販売
本社所在地
東京都千代田区外神田4-5-4亀松ビル3F
代表者
松尾裕二
従業員数
約50名(2024年7月現在)