リーダーたちの羅針盤

「させられる」を
最小限にする環境を
整えるのが自分の仕事

株式会社チャンピオンカレー
南 恵太代表取締役社長

1985年石川県生まれ。米カリフォルニア大学サンディエゴ校経済学部を卒業後、2009年に大和総研に入社。東京都内の外食企業などの勤務を経て13年1月に家業であるチャンピオンカレーに入社。16年10月から3代目の社長に就任。家庭では夫であり一男一女の父。読書が趣味で就寝前のKindleが日課。同時並行で十数冊を読む読書家で、『日経トップリーダー』で書評の連載を担当していたこともある。

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この記事のポイント

  • 金沢カレーの代表格を受け継ぐ3代目、南恵太社長
  • 他社での経験や良書との出合いを経営に生かす
  • 「させられる」感を減らす経営哲学を信条とする

金沢カレーを代表する「チャンピオンカレー」の3代目社長の南恵太さん。経営者として育てられていないからこそフラットに事業を見つめ次代へとつなぐ意識が強い。できる限り「させられる感」を減らす経営哲学を聞いた。

チャンピオンカレーは、祖父の田中吉和が1961年に金沢市内で創業した「洋食のタナカ」が始まりです。私は創業者の娘の息子に当たります。伯父が病気で早世し、婿である父が事業を継ぎ、そのバトンを私が受けたことになります。経営者として育てられたわけではなかったので、周囲の人や本からの学びが多かったように思います。

例えば、自分の組織運営観に影響を受けた本に、ニッコロ・マキアヴェリの『君主論』があります。1532年に刊行された本ですが、実は統治についてかなり具体的に書かれた実践の書です。他国を占領したときに、やってはいけないのが税制に手をつけることだと最初に書かれています。中世では隣接する領地に攻め入って自分たちの土地として統治します。当時の王権は(ぜい)(じゃく)で、諸侯からの支持を得ないとすぐに倒されてしまう。人間は自分の利害に手を突っ込まれると反旗を翻します。税制をそのままにしておきさえすれば支配関係を保持できる。だから法整備をまずやりなさいと。

もう1つは国の常備軍を持ちなさいということを言っています。当時はお金で雇った(よう)(へい)部隊を使いましたが、傭兵よりも自分で鍛えた軍隊の方が忠誠心も高く強い。最終的に信頼できる。そういった経験則に基づいた実践的な内容が随所に書いてあるのです。こう動かしたらこうなる。まるでボールをこのフォームで打てばこう飛ぶという話に近く、組織運営をある種フィジカルに捉えていると感じました。

「組織をどう動かすか」の方法論で、「何をすべきか」と切り離して考えているのも特徴です。経営論や戦略論の本は世の中にたくさんありますが、当社のような規模で地方にある会社は、精緻な経営論や戦略論よりも実際に運用すること。むしろ統治=いかに組織に動いてもらうかを考える方が難しいし大切です。影響を受けた本の1つです。

他社での経験を生かした

私の読書体験は、公民館の図書館で怪奇小説を読んだことに始まります。中学生までテレビゲームを買わないのが親の方針で、田舎では何もやることがなく、代替娯楽として図書館で本を読むしかなかったというのが正直なところです。しかし、それで本の世界の面白さにはまり、中学を卒業するころには分かりもしないのに哲学書を買ったり、高校に入ると哲学講座を開催している先生にニーチェを解説してもらったりしていました。世の中の仕組みについて興味や疑問を持つ年頃で、科学や政治、社会学系の本も好きでした。一時は学究の道に進みたいと思っていたほどです。

地元の高校を卒業後、米カリフォルニア大学サンディエゴ校の経済学部に進学。ここのゲイゼル図書館は建築の美しさと蔵書数で知られているのですが、5階に東アジアコレクションがあって、よく利用していました。2009年に大和総研にアナリストとして新卒入社し、2年間勤めました。

チャンピオンカレーでは父が社長になっていたので、当時から財務状況を見たり、仕事の話も聞いたりしていました。これはまずいな、もしかしたら手伝うことになるかもしれないなという印象を持っていました。パートナー企業とフランチャイズ営業の代理店のような契約をしていたのですが、出店による加盟金ビジネスを考えるパートナー企業とは実態のすり合わせがないまま出店が続いている状態でした。教育も不十分で、マネジメントもできていない。このまま拡張路線を続けるのは厳しいと感じました。父はもともと絵描きになりたかったような人で、経営には不向きなところがあったのかもしれません。

石川県に戻りチャンピオンカレーに入社するのを前提に、「魚がし日本一」という立ち喰い寿司などを展開するにっぱんに転職し、1年ほど外食業やフランチャイズビジネスについて学びました。

13年に地元に戻り、まず工場配属で働きながら会社の経営判断は私がするスタイルで3年ほどを過ごしました。当時、税務は祖父の代からの税理士にお願いしていたのですが、役員報酬まで決めてもらっている状態でした。借入時には父を保証人にしなければならない不便さもあり、16年に社長交代と共に新たな税理士にも入ってもらいました。

最初に取り組んだのはバックオフィスを整えることです。そう大きくはない売り上げ規模から見ても、不備が多々ある状態でした。現在も万全ではないものの、当時は月の試算が現金ベースで行われ、システムも入っておらず、製品・取引先ライン別の利益管理の発想もない。課題は山積みでした。まずは「やり方」や内部基準自体を作る必要がありました。法務もフランチャイズに関して統一された契約書がなく、打ち合わせを重ねながらカスタムメイドで整理していきました。知財に詳しい人にも入ってもらったり、出店方針の見直しも必要だった。基礎的な仕組みを整備するのに4年ほどかかりました。

唯一だからこそ棚がない

卸事業ではレトルトとチルド商品を持っており、2つの課題がありました。1つは私たちのリサーチ不足問題です。卸側のバイヤーへのアプローチに気を取られすぎて、店に入れてくれるかどうかを決める小売店のバイヤーさんに情報を届けていない。本来力を入れるべきところも分かっていませんでした。あるときは、バイヤーさんに「この商品は常温品(レトルト)ではなくチルドなのか」と聞かれた。通常、チルド品は中身が見える窓を付けるかシースルーのパッケージにするものだそうで、20年近くそのパッケージを使い続けていましたが、指摘されて初めて知りました。

家庭でも気軽に食べてほしいと、南社長の指示の下、試行錯誤で開発したチルドパック。独特な製法で約120日間の保存が可能。売り上げに貢献している

もう1つは売り場の問題です。実はカレーのチルドパックは当社以外にほぼ存在しない。チルドは過加熱にさらされず、レトルトに比べ圧倒的にスパイスの風味があります。当社は工場にHACCP(ハサップ)システムの導入が義務化される6年前から、いち早く国際基準の衛生管理を満たす環境を整え、他社に先駆けて冷蔵保管で長期保存が可能なチルドを開発・販売してきました。現在は約120日間の保存が可能になっています。ですが他社は菌が怖いので高温高圧で処理するレトルトでしか展開していません。一般的に類似品がないと、小売店では棚が作られません。北陸3県では6~7割のスーパーに当社のチルドパックがあるものの、域外に出ると棚がなく物理的に不利な状況となっていました。そこで、県外の方々にも購入していただけるように、オンラインショップを始めました。

店舗メニューに関しては、流通事業者やメーカーから面白い提案があれば、コラボを検討するようにして、商品の製造と販売の機会を高めています。「夏の冷やしカレー」のように定番化した限定メニューもあります。

以前は工場と店舗が別会計だったものの、売り上げは私が引き継ぐ前と比べると単純に2倍程度になりました。改革を進める中では朝令暮改もありましたが、社内政治的な摩擦や対立とはあまり縁がなく、社員が一緒に前に進もうとしています。

させられ感のない体験へ

社長室はなく、気付いたことをその場でシェアでき、みんなの意見を聞ける環境。何でもない気付きの話しやすさやアイデアの意見交換のしやすさは、会社のフットワークの軽さにもつながっている

情報伝達の際には都度誠実なやり方を選ぶことと、一方的になっていないかを意識することを重視しています。社内の肩書はあくまで役割です。役割を離れたら普通に一緒にご飯に行って対等に話せる関係性は大事だと思っています。お客さまと店員の関係になった途端、あいさつすら返さない人は少なくありません。入社時も私が一番年下でしたし、今に至るまで誰に対しても敬語で話しています。

また肩書や役割で話すのを避ける理由は、責任を負わされるのを避けたい、求められていないことは話さないでおこうとなりがちで、話が実のないものになるからです。アイデアと言えない思いつきでも言うのをためらわない社内文化にしていたいですね。

人材活用も「フェアネス」と「分かりやすさ」を重視して、無意味に私がリードしないように、できる限り権限を委譲することを意識しています。「させられる感」をどれだけ最小限にできるか。人はやりたいことをやるときに最も馬力が出ます。失敗する可能性は万人にある。誰がやったら納得できるかと言えば、気持ちを持ってやる人だと思います。

冒頭で本の話をしましたが、させられ感を排除したいのは読書にも感じるからです。子どもでも部下でも、読ませようと誰かから仕向けられた読書体験はあまり豊かにならない。読んでおけと言われた瞬間、訓示のようなものとして受け止められてしまう。

本は読むことで自分にない発想や新しい知識が拡張されます。最近読んだ認知科学に関する本には、ジェスチャーについて書かれていました。ジェスチャーって相手に何かを伝達するための行為だと思いますよね。ところが、実験で2つのグループに難しい口頭試験をしたところ、身振り手振りを一切禁じた群は正答率が落ちたと。このことから、ジェスチャーは自分の思考をまとめるためにやっているという見方が提示されていました。何かをする行為が思考に直結しているらしいです。読書も読んだことをダイレクトに自分の思考のように再現する、自己拡張の一環と感じます。

経験していなくても記憶のようにアクセスできる。ぜひその良さは体験してもらいたいと思います。物語でも学術書でも、単独で存在しているわけではありません。歴史的背景、先行研究、隣接分野などのコンテキストを意識することで、断片的に取り入れた知識はネットワーク状につながります。経営も人材配置も、自分が何を知りたいのか認識して読書や体験をすると、ネットワーク構造が整理しやすく理解のマッチングが早いのかなと思います。

新しい戦略はもちろん考えますが、歴史のあるカレーを作って売るという部分は一切揺らぎません。その規模を大きくし、次の人へつなげる。本当に意欲や能力がある人にこそバトンを渡していきたいと思っています。

リーダーからのメッセージ

Message from the Leader

人材活用では
「フェアネス」と
「分かりやすさ」重視で
権限を委譲

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企業情報

社名
株式会社チャンピオンカレー
事業内容
食品製造業、食品卸売業、飲食店経営、フランチャイズシステムによる飲食店運営
本社所在地
石川県野々市市高橋町20-17
代表者
南恵太
従業員数
33名 ※嘱託職員含む
(2024年7月現在)

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