日本の常識は世界の常識にあらず

意外と知らない世界の文化

変則的な
解決法は
ブラジルの才能

ブラジルの処世術

ブラジルの国旗
国名
ブラジル連邦共和国
面積
851.2万km2
人口
約2億1,531万人(2022年時点)
首都
ブラジリア
公用語
ポルトガル語
  • ブラジル
更新

この記事のポイント

  • ルールに抵触してでも臨機応変に対応する「マリーシア」という考え
  • 無理難題であっても少し"ずれた" 方法で解決するのがブラジル流
  • 人間関係の構築には、他者の価値観を理解し困ったときに助けることが重要

ブラジルのサッカーで、時折"ずるい"と思われるプレーを見た記憶はないだろうか。ゴール前でわざと倒れてファウルを誘ったり、審判が見ていない隙にボールを手でゴールに押し込んだり。彼らの行動を見て、テクニックを持っているのになぜあんなことをするのかと疑問を抱く日本人は多いと思う。

この行動は「マリーシア」といわれる。ブラジル人ならではの駆け引きの手法だ。マリーシアとはポルトガル語で「ずる賢い」意味の言葉だが、「要領が良い」というニュアンスもある。多少ルールに抵触したとしても機転を利かせ、臨機応変なプレーでその場を切り抜ける様は圧巻だ。ドリブルがうまくチャンスをつくれる選手が多いのも、要領の良さのたまものだろう。

そもそもブラジルでは規律や規範に対する考え方や線引きの基準が、決まりごとを重んじる他国とは大きく異なる。ルールにおいても、「本来守るべきものであるが、やむを得ない場合は、相手や状況に合わせて臨機応変に運用するもの」と捉えられている。四角四面ではないから、枠から少しずれた発想ができる。ブラジルのサッカーには遊び心があるといわれる理由はここにある。

"ジェイチーニョ"で解決

サッカーに限らずブラジル人は、あらゆる状況下で何をすればこの局面を切り抜けられるか? どうすれば目的を達成できるか? と考えながら動く傾向がある。

困りごとも、決まりがあるから無理だとか、迷惑をかけるからやめようなどと諦めない。ルールから少し"ずれた"方法を考え出し、不可能を可能にしようとする。例えば、行列に並ぶ時間がないから先頭の人に頼んで順番を譲ってもらおうなどという感覚は、ごく普通の発想なのだ。

される側からするとカチンときそうな話だが、それが許容されてしまうのは交渉する側の熱意と愛嬌あいきょうといった人間的な要素にも起因するようだ。相手が見ず知らずの他人でも、社会的立場や経済力に差がある人だったとしても、共感を得られる温かい話し方で協力が必要な理由を切々と訴えれば、大概の要求が通るというから驚きだ。

少しずれた発想で状況を打破していくところはサッカーのプレーにも通ずるものがある

こういった変則的な解決法は「ジェイチーニョ」(訳:我らが誇るちょっとしたやり方)と呼ばれ、ブラジルの文化に深く根付いている。規律や世間の常識を重んじる日本人からすると、あまり受け入れられる考えではないかもしれない。だが、ブラジルでは、ジェイチーニョを行えるのは「ブラジル人の才能」と位置付ける。

ただし目的を果たすためとはいえ、誰かを傷つけたり目に余る身勝手な行動をしたりすることはジェイチーニョに当てはまらない。この考えは、人同士の助け合いや、気持ちの触れ合いでこそ成り立っている。何でもアリではないのだ。

違いを受け入れ合う

日本人は他人に迷惑をかけるのを嫌うが、ブラジル人は持ちつ持たれつの精神で助け合うのが当たり前と考える。そのため、普段から家族や友人といった身近な人を大切にするだけでなく、互いの失敗やルーズさ、「ジェイト」(訳:やり方)の違いに寛容な人が多い。

嫌な人や意見が合わない人がいても「それが彼のジェイトだからね」とサラリと認めて否定しない。また、「嫌なヤツだけど仕事はできるんだ」など、一つの価値基準で物事を測らず、総体的な視点で物事を判断する。視野の広さだけでなく、自分の常識を押し付けない柔軟さも彼らの強みといえるだろう。

優先順位をつけて行動

ここからはブラジル人と一緒に仕事をするときのコツに触れていこう。

まずは関係性の築き方だ。陽気でフレンドリーな印象が強いが、誰とでもすぐ友達になるわけではない。特にビジネスシーンでは、厳しい態度を取るケースも多い。相手との微妙な距離感を瞬時に読み取り、段階的に関係をつくれるのもブラジル人の能力だ。信頼を得るには、彼らの価値観を理解し、困ったときに助けてあげるなどの歩み寄りが不可欠だ。

仕事上では、ブラジル人と日本人の明確な違いをきちんと理解することも大切だ。ブラジル人のルールや制度、規範に対する一般的な捉え方、物事への価値基準の置き方は日本と大きく異なるからだ。

日本人は無意識のうちに仕事や規則を軸に物事を考える。彼らが優先するのはその時々の必要性。ブラジルでは、公の場でも私的な事情が通りやすい文化がある。就業時間中に堂々と歯医者に行ったり、個人的な理由で約束の時間や納期を守らなかったりする。

こういう行動を日本人の感覚では"いいかげん"と捉えるが、ブラジル人は"良い加減"と考える。逆にブラジル人からすれば、日本人のやり方はおかしいと思う部分もあるだろう。

実は日本人にもいいかげんな部分が多分にある。わかりやすいのが、仕事に対する時間の感覚だ。日本人は、始業や会議の始まりの時間は守るのに、終了予定時間にはルーズだ。延々と会議を続けたり、遅くまで残業をしたり......これも捉え方によっては「いいかげん」と言えないだろうか? ブラジル人に限らず、外国人と接する際は「違うのはお互いさま」という意識と、相手の価値観を許容するゆとりを持っておきたい。

日本のルールや価値基準を理解してもらえれば、力強い仲間になるだろう

もちろん、日本におけるルールや価値基準を知ってもらうのも大事だ。ブラジル人には、きちんと話せば理解を示してくれる側面もある。業務の重要性や守ってくれないと困ることを、しっかり伝えておくとよいだろう。その上で彼ら個人のジェイトを理解し、マイペースな部分もおおらかな気持ちで受け入れる。

枠にとらわれないブラジル人の発想や生き方を理解することは、人生をおうように考え、より幸せな生き方を見つけるヒントにつながるはずだ。

監修

武田 千香

東京外国語大学 大学院総合国際学研究院
教授