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宗教観と
おもてなしに見る
インドネシア人の信頼構築術
インドネシアの宗教観
- 国名
- インドネシア共和国
- 面積
- 約192万km2
- 人口
- 約2億7000万人(2020年時点)
- 首都
- ジャカルタ
- 公用語
- インドネシア語
- インドネシア
- 宗教
この記事のポイント
- インドネシアでは自由に宗教を選べるが、無宗教は認められていない
- 約85%はイスラム教。「ハラーム(許されない)」は理解しておきたい
- 断ることは相手に申し訳ないと考え、無理をしてしまう傾向がある
東南アジアの南部、赤道直下に位置するインドネシアは、1万3000以上の島嶼で構成される島国である。国土面積は日本の約5倍だ。絶滅危惧種の動植物が生息する熱帯雨林、楽園と称されるバリ島、世界遺産ボロブドゥール遺跡のあるジャワ島を有し、異なる言語や文化を持つ約300の民族が共生する。
宗教観も多様だ。国民の約85%が信仰するイスラム教をはじめ、キリスト教(プロテスタント、カトリック)、ヒンズー教、仏教、儒教が公認宗教とされる。どの信仰を選ぶかは個人の自由だが、無宗教は認められていない。
彼らにとっての信仰とはアイデンティティーで、相手を知る糸口でもある。そのため日常生活や職場で「あなたの宗教は何?」と普通に聞いてくる。このとき無宗教だと答えると、印象が悪くなる恐れがあるので注意しよう。特定の信仰がない場合は、墓参りに行く人なら仏教、初詣に行く人なら神道といった感じで、自身の行動を踏まえて回答をすると良いだろう。
宗教に基づくルールやマナーは他にもある。中でも、イスラム教における「ハラーム(許されない)」は理解しておきたい。例えば食事なら豚肉とアルコール類はNGとなる。食材や料理のみならず、これらのわずかな成分を含む調味料も忌避する人もいる。一方「ハラール(許された)料理」に関しても、2024年10月からハラール認証※の義務化がスタートし、食材や調理法の基準がより厳しくなる。食事に誘う際は注意しよう。
左手が「不浄の手」とされているのも忘れてはならない。左手で物を渡す、握手をする、人に触れる、食事をするといった行為は基本的にNGだ。どうしても難しい場合を除き、右手を使うようにしよう。
宗教に関係なく、東南アジア圏の人と接するときは勝手に人の頭を触らない。頭は魂が宿る場所とされているからだ。子どもが相手でもなでたりするのはご法度だ。
一方で、これらの教義に対する判断基準は個人差が大きい。常に教えを徹底する人もいれば、国外に出たときだけ教義からはみ出し自由に行動したり、禁じられている食べ物を楽しんだりする人もいる。
もし彼らに日本を案内するときは、事前に本人の意思を確認し尊重するよう心がけよう。丁寧な説明と誠実なコミュニケーションは、宗教のタブーに対応する際の基本である。一つずつ丁寧に向き合っていけば、お互いの信頼関係の構築にもつながるはずだ。
- ※ハラール認証...イスラム教の教えに従った食品や製品の製造・流通・販売に関する基準を満たしていることを示す認証のこと
おもてなしは善行
ここからはインドネシア人の国民性に触れていこう。傾向としては、穏やかで明るくおしゃべり好きで、家族や周囲の人を大切にする。公私を問わず家族ぐるみで交流するのが一般的だ。ホームパーティーを開くケースも多い。人を家に招くことは最大級のもてなしで、イスラム教では善行に値する行為でもある。特に遠方からの特別な来客をもてなすことは名誉とされる。知り合ったばかりの外国人を自宅に招待するケースも珍しくない。逆に、誰からも自宅に招かれないと寂しがる可能性さえある。インドネシア人と仕事をする人は覚えておこう。
彼らを自宅に招くときに注意したいのが、インドネシアでは招待客が勝手に家族や友人を連れてくる文化があるところだ。実は、インドネシアの食事はワンプレートが基本で、大皿で用意された料理から盛り付けていくビュッフェスタイルだ。多少、来客が増えてもなんとかなる。
ビュッフェスタイルが難しければ、鍋料理のように人数が増えても大丈夫な料理を用意しておこう。あるいは「食器の用意もおもてなしの一部」と日本の食文化を説明した上で、家族や友人を連れてくる場合はあらかじめ人数を教えてほしいと伝えよう。
イヌを飼っている場合は、抵抗がないかを確認しておくのも忘れずに。イスラム教では豚と同様、イヌも不浄な動物とされる。人によっては生理的に受け付けない場合もある。事前に写真を見せるなどして確認をしておこう。
一方、のんびりした気質で、時間にルーズな傾向もある。個人間の約束のみならず、イベントの開始時間が30分程度遅れるのは日常茶飯事だ。逆に時間通りに到着すると、準備ができていないことすらある。この独特の時間感覚は「ジャム・カレット(ゴムのように伸びる時間)」と呼ばれている。
しかし、目上の人との約束となると話が変わる。上下関係を重んじるインドネシアでは、目下の者が目上の者を待つのが当たり前だ。約束の30分前に現れて、相手の準備が整うのを1時間以上じっと待つ。普段はのんびりしていても大事な場面ではビシッと締める。臨機応変な切り替えができるのも彼らの特徴だ。
真面目で無理しやすい
職場でもルールだと説明すれば時間を守る。勤勉で助け合いの精神が強く、やるべきことを教えれば成果を出そうと尽力してくれるだろう。もし自分たちの期待と彼らの行動がかみ合わない場合は、文化の違いによる認識のズレがないか、相手の意見を丁寧に聞くように心がけながら話し合いを重ねよう。
ただし、彼らはメンツを大切にする。指導や注意は他人のいない場所で行うのが望ましい。特に人前で叱られるのは、大きな侮辱と受け取るので避けること。
上司に悪い報告をすると失礼に当たると考え、「報・連・相」を行わない点にも注意したい。「ノー」と断ることは相手に申し訳ないと考え、できないのに「できる」、困りごとの有無を聞いても「ない」と答えがちだ。結果、知らない間にオーバーワークになっていたり、業務が滞っていたりする。こまめな進捗確認を意識しよう。
もしそんな兆候が見られたら、同じ目線に立ち、共に働く同志として接すると心を開いてもらいやすい。それが難しければ第三者に入ってもらうのも一つの手だ。
インドネシア人に限らず、本音を話しやすい環境をつくることはエンゲージメント向上のみならず、新しい考えや発見を取り入れる好機にもなるはずだ。
阿良田 麻里子
立命館大学 食マネジメント学部食マネジメント学科 教授