日本の常識は世界の常識にあらず
意外と知らない世界の文化
フィエスタから見えてくる
フィリピン人の絆とコミュ力
フィリピン人のコミュ力
- 国名
- フィリピン共和国
- 面積
- 約29.8万km2
- 人口
- 約1億903万人(2020年時点)
- 首都
- マニラ
- 公用語
- フィリピン(フィリピノ)語、英語
- フィリピン
- 宗教
この記事のポイント
- フィリピンでは毎月のように「フィエスタ」と呼ばれる祝祭が行われている
- 9月になるとクリスマスモードに。世界一クリスマスシーズンが長い国とされる
- 献身的で人情味あふれるフィリピン人は心強いビジネスパートナーになる
フィリピンは、東南アジアに位置する自然豊かな島国だ。約7600の島々で構成され、国土面積は日本の約8割にあたる。一年中暖かい熱帯性気候で、美しい海や木々に囲まれたセブ島や首都のマニラは観光地としても知られる。ASEANで唯一のキリスト教国家で、国民の9割近くがカトリックを信仰する。
国が誇る伝統で、観光資源としても大切にされるのが、「フィエスタ」と呼ばれる祝祭だ。人々が陽気でイベント好きなフィリピンでは、市町村など様々なレベルで毎月のようにフィエスタが開催される。町や村を守る農業や漁業の守護聖人に感謝をささげたり、歴史的な出来事を記念したりするもので、地域ごとの文化や伝統が色濃く表れる。なかには、国内外から大勢の人が集まるフィエスタもある。
例えばセブ市で開催される「シヌログ・フェスティバル」は、マゼランによって伝えられたとされる幼きキリスト聖像「サント・ニーニョ」をたたえるフィリピンで最も有名な祭りの一つだ。サント・ニーニョの像を携えながら行進したり、キリスト教伝来時の喜びを表現した「シヌログ・ダンス」を披露したりする。夜は市内のそこかしこでパーティーが催され、全身にカラフルなペイントを施した姿のまま食事を楽しむ人々でにぎわう。
ほほ笑みの街と呼ばれるバコロド市の「マスカラ・フェスティバル」は、1980年代に主要産業である砂糖の国際価格が暴落し、深刻な飢餓と社会不安が生じた際に、地域の有力者らが始めた。苦しむ人々を元気づけ、困難を乗り越えるのが目的だった。マスカラとは、「たくさんの顔」という意味が込められた造語で、スペイン語の「仮面」にもかけられている。彩り豊かな笑顔のマスクと衣装をまとい、ストリートダンスや楽器の演奏で盛り上がる。
再会を祝福し合う
人々が最も心待ちにしているのがクリスマスだ。9月からクリスマスソングやイルミネーションが街を彩り、各地でクリスマスを盛り上げるイベントが開催される。世界で一番クリスマスシーズンが長い国といわれている。
12月25日の100日前からカウントダウンが始まり、12月に入ると本格的なパーティーやプレゼント交換、子どもたちによるキャロリング(近所の家を周りクリスマスソングを歌い、お小遣いやお菓子をねだる)が行われる。そして、クリスマスまでの9日間は、多くの人が教会のミサに参加する。
24日から25日にかけては、普段は離れて暮らす家族も集まって、晩餐を共にする。海外の出稼ぎ先から帰れない場合は、お土産やプレゼントを詰めたバリックバヤンボックスと呼ばれる巨大な段ボール箱を故郷の家族に送る。
イベントを楽しむのも祭りの醍醐味だが、フィリピン人にとってのフィエスタやクリスマスの本質は家族や友人との再会を祝福し、それぞれの苦労をねぎらうことにある。フィリピンでは人口の1割以上が国外で暮らしており、家族が世界中に散らばっていることも珍しくない。フィエスタやクリスマスは、そんな人々が一堂に会する貴重な機会だ。
楽観的で失敗に寛容
ここからは彼らの人柄に触れていこう。フィリピン人は他の人と関わり合うのが大好きだ。様々なお祝いなどで一緒に食事をとり、歌や踊りを楽しみながら親睦を深めるのは、いざというときに支え合う人間関係の構築にも一役買う。
フィリピンでは、公的制度が十分に機能していない状態が長らく続いてきた。国家や制度に頼れないなか、人々は強いコミュニティー意識と助け合い精神で生きてきた。組織の中でコツコツと働くことが報われにくい環境のもとで成功を手に入れるため、ネットワークを駆使してチャンスをつかんだり、出世したりすることを重視する人が多い。その分、彼らは高いコミュニケーション能力を持ち、見ず知らずの相手にもフレンドリーに接する。彼らにとって処世術といえる。
キリスト教の教義から人助けを美徳とし、優しく献身的な人が多いのも特徴だ。家族のために出稼ぎに出て、給料の半分以上を送金するのも、分かち合いや自己犠牲の精神に基づく行動といえるだろう。
楽観的で失敗に寛容な気質も、「すべては神が決めたこと」「神は乗り越えられる試練しか与えない」といった考えの影響が大きい。加えて交通機関の遅延や渋滞、停電などが日常的に起こるフィリピンでは、完璧ではないのが当たり前という感覚がある。だから自分や他人がミスをしても、それほど悔やまないし怒らない。
起きたことはどうにもならないと割り切り、むしろ現状を良くするために力を注ぐ。責任の所在の追及に注力する日本では、人々は自責思考が強く自分を追い詰めがちだが、フィリピン人のような発想ができれば、少しは気持ちが楽になるかもしれない。
対等な関係を望む
人当たりが良く機転が利く一方で、傷つきやすい一面もある。特に一緒に仕事をする際に気をつけたいのが、人前で叱責しないことだ。
フィリピン人はプライドが高い。自尊心を守るために言い訳を並べて、すぐに謝らないことも珍しくない。「できない」と言うのを恥ずかしがり、はっきりしない態度を取る。
日本人の感覚だとヤキモキする場面も多いが、ここできつく詰めてはいけない。フィリピン人は自分を尊重してくれないと感じると、心に壁を作ったり、仕事を辞めてしまったりするからだ。良好な関係を築くには、彼らのプライドを尊重したコミュニケーションを心がける必要がある。
少々面倒に感じるかもしれないが、フィリピン人は人と関わるのが好きなので打ち解けるのは難しくない。同じ目線に立ってファーストネームで呼び合う、フィリピン人のコミュニティーに混ぜてもらうなど、個人的な交流を持つと仲良くなりやすい。
手を差し伸べてくれる相手には、献身的に尽くす人情味も彼らの魅力である。コツコツ頑張ることが、報われる環境をつくり、人間的にも信頼関係を築けば、高いコミュニケーション能力でチームをまとめたり、クリエーティブな発想力を発揮したりして、ビジネスパートナーとして心強い存在になってくれるはずだ。
日下 渉
東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 教授