日本の常識は世界の常識にあらず
意外と知らない世界の文化
名字を持たないミャンマー人
家制度に縛られない家族の絆
ミャンマー人の家族観
- 国名
- ミャンマー連邦共和国
- 面積
- 68万km2
- 人口
- 約5114万人(2019年時点)
- 首都
- ネーピードー
- 公用語
- ミャンマー語
- 意外と知らない世界の文化
- ミャンマー
- 家族
この記事のポイント
- インドシナ半島西部に位置する多民族国家ミャンマー
- 本名とは別に自分で付けた名前を複数持ち、使い分けている
- 人付き合いの感覚は日本人に近いが、裸を見せるのは同性でもNG
ミャンマーは、インドシナ半島の西部に位置する多民族国家である。130以上の民族が共生し、その約9割は仏教徒だ。世界三大仏教遺跡のひとつ「バガン遺跡群(写真上)」や「チャイティーヨーパゴダ」といった仏教の聖地があり、国内外から多くの仏教徒が参拝に訪れる。
また、ミャンマーは家制度に縛られない「双系制社会」である。結婚時にお互いの両親からの承諾は得るが、結婚生活に家が入り込む隙間はほとんどない。「長男が家を継ぐ」決まり事もなく、父方母方どちらの親戚とも対等に、好きなように付き合える。
自分の名前に「家の名前=名字」を付ける発想もない。ミャンマー人の名前の多くは2~6の音節で構成されるが、その中に名字は存在しない。例えばミャンマーのサッカー選手「チョー・コー・コー」は3音節1セットでファーストネームだ。パスポートの登録などでどうしても名字が必要な場合は、名前を分割して名字扱いにする。
まれに政治家や著名人との血縁を表明すべく、先代の名前の一部を付ける場合がある。第2次世界大戦中にミャンマー(当時はビルマ)政府のトップに立った、バモー博士の子孫たちは、「バモー」の「モー」を取って自身の子どもの名前に付けた(「ザーリー」という名前なら、「ザーリー・モー」になる)。ただし、この名前の継承は続いても3代程度だといわれる。
名前が引き継がれないのは、ミャンマーではほとんど墓を造らない文化も影響している。造るとしても家ではなく、個人の墓となる。個人の存在が忘れられると、墓は放置されおのずと崩れていく。
祖先とのつながりや血縁を重んじる日本人から見たらドライに思えるが、ミャンマー人は家族を非常に大切にする国民性だ。特に仏教の教えで両親を敬う心が強く、第三者に対して自身の親に敬称を付けて呼ぶ。
特に母親との関係が強い。結婚や就職先の同意を得る際も決定権を持つのは多くの場合、母親だ。一家の代表は父親でも、実権を握っているのは母親と言っても過言ではない。
自分で自由に家族となる存在を選ぶ。仲が悪ければ実の兄弟姉妹でも付き合わないのもミャンマー流の家族のあり方だ。ミャンマー人の家に招待されると、実にいろんな人がいて驚かされる。その中には「ずっと付き合いがある人」「よく家に出入りしている人」といった血縁関係のない知り合いも混じる。本人にとって親しければそれで良し。比較的ストレスのない相手と付き合う。ミャンマー人の家族仲の良さの秘訣かもしれない。
複数の"通称"を使う
ミャンマー人には、複数の名前を使い分ける文化もある。普段、名乗っているのは本人が決めた"通称"で、公的な身分証に書かれた本名はまったく違うケースも珍しくない。特に若い女性に多く、「エイミー」や「コニー」といった欧米人の名前を付ける人も少なくない。相手によって通称を使い分けたり、年齢的に合わないなどの理由で通称を変えたりもする。日本人の感覚だと混乱しそうだが、ミャンマー人は個々の本名と使用する通称をおおむね把握しているので、トラブルにはならないそうだ。
相手の名前を呼ぶときは、敬称を付けるのが一般的だ。敬称は年齢や立場、相手との関係性で変わる。成人男性は「ウー」、成人女性は「ドー」、男の子は「マウン」(大学生くらいになると「コ」)、女の子は「マ」を名前の前に付ける。年を重ね、社会的地位が高くなっても、親しい間柄なら子ども用の敬称を付けて呼び合う場合もある。
礼儀を重んじるものの、意外にも挨拶の習慣は薄い。1960年代までは「こんにちは」に該当する挨拶言葉もなかった。国際交流が増えるにつれ、「ミンガラーバー(吉祥です)」という言葉が「こんにちは」を意味する言葉として使われるようになった。「おはよう」「こんばんは」「おやすみ」といった挨拶言葉は現在も存在しない。
職場への出勤時も無言が当たり前だ。用事があれば挨拶などすっ飛ばしていきなり話を振ってくる。ただし、国外では相手の国の言葉を学び、その文化にのっとって行動してくれるので、この限りではない。なんとなく人に話しかけたいときは「どこ行くの?」「何食べた?」がよく使われる。質問というより挨拶代わりなので適当に答えても問題ない。会話につなげれば仲を深める良いきっかけになるはずだ。
日本人と近い気質
ミャンマー人の人付き合いの感覚は、日本人と近い。まず、相手が傷付くような物言いをしない。表情や言い方から相手の気持ちを探ろうとしたり、空気を読んで接し方を変えたりする。気を使いすぎて遠回しな伝え方をしたり、我慢でストレスをためてしまったりする点も似ている。頑張りすぎるところもあるので、日本人同士の付き合いと同様、察して気付く努力を忘れないようにしよう。
職場での付き合い方も、日本人同士のルールをそのまま適用すれば良い。もし、明らかに通用しないことをしたら、「日本では違うんだよ」と優しく伝えればOKだ。
ミャンマー人のタブーにも注意したい。彼らにとって裸を見せるのは、同性同士でもNGである。もし寮に共同浴場しかない場合は、彼らが単独で入れる時間をつくる心遣いが必要だと理解しておこう。
ミャンマー人は親しくなると、自分の仕事を後回しにしてでも助けてくれるほど助け合いの精神が強い。世界で指折りの寄付大国でもある。困っている人を見過ごせない行動力と、誰かのためを当たり前とする「利他の心」を持つ。つい自分のことで手いっぱいになりがちな日本人が見習いたい部分だ。彼らと付き合うことは、目の前の人に手を差し伸べる心のゆとりを学ぶヒントになるはずだ。
根本 敬
上智大学 名誉教授(ビルマ近現代史)