特集:明日への扉
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学び直し
物流2024年問題
注文をすれば、必要な荷物がすぐ届く──。
この当たり前の日常が崩れようとしている。
あらゆる業種で働き方改革が導入されてきたが、トラックドライバーなど、自動車運転業務に就く人々においても、時間外労働の上限が法律によって設定されるのだ。
ターニングポイントは2024年4月。
何が起こるのか。またそれに備えてどのような動きが始まっているのか。
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- 2024年問題
この記事のポイント
- "非効率"というイメージで高齢化が進む物流業界
- 転換期に求められる荷主の意識改革
- 物流の仕組みを再構築! 連結トラックと混載がカギ
「大解剖」
物流2024年問題
協力=流通経済大学流通情報学部 矢野裕児教授
「物流2024年問題」と聞いて、社業にどのような影響があるのかピンとくる人はどれだけいるだろうか。今後、これまでのようにスムーズに荷物は届かず、運賃も値上がる。日本の物流システムに変化が起こるのは明白で、業種を問わず影響が生じるのは必至だ。
政府が進める働き方改革の波が物流業界にも及ぶ。2024年4月から、トラックドライバーらの時間外労働の上限規制義務化が始まるからだ。この流れは歓迎すべきことだが、ドライバーの労働時間が制限されると日本全体の輸送能力が低下し、物流が滞る可能性が指摘されている。これがいわゆる物流の2024年問題だ。
トラックドライバーの労働環境の改善が、なぜ"問題"として取り上げられるのか。それは日本の物流が、物流事業者の負担の上に成り立っているからに他ならない。
「1990年以降の規制緩和により物流業界で安値競争が起こり、以降、安値が当たり前の状況が定着した」
こう解説するのは、物流問題に詳しい流通経済大学流通情報学部の矢野裕児教授だ。
物流の仕事が"非効率"に
「競争の結果、荷待ちや荷物の積み下ろし作業を無料で引き受けることが常態化した。朝一番に荷物を持っていって、引き渡しに4時間待たされた挙げ句、今日は不要だと持って帰らされる。その費用も支払われない。こんなことが頻発するようになった」
結果、トラックドライバーは"効率がよくない"仕事になった。実際にトラックドライバーの年間労働時間は、全産業と比べて約2割長い。年間所得額は大型トラックドライバーで約1割、中小型トラックドライバーで約2割低い。希望者も少なく、有効求人倍率は全産業の約2倍だ。
「若手が業界に入ってこないと、ドライバー全体の高齢化が進む。年齢層のボリュームゾーンは、2015年で40〜49歳、2020年で45〜54歳で、このままいくと2030年は間違いなく55〜64歳になる。特に長距離ドライバーは60歳を過ぎると辞めてしまう。2030年には2015年比で、ドライバーの数が約3割減る試算もある」
出典:日本ロジスティクスシステム協会(JILS)「ロジスティクスコンセプト2030」2020年1月◇営業用貨物自動車輸送量(億トン)の推移から
(注)上記図の基になっている自動車輸送統計について、2020年度数値は公表済み。2020年度供給量:25.5億トン
近年はネット通販の拡大などを背景に、トラック運送の需要は増加する一方だ。近い将来、需要が供給を上回る事態になるのは明白だ。そんな状況の中で、働き方改革が労働力不足に追い打ちをかける。
2024年4月に、トラックドライバーの働き方はどう変わるのか。
まず、労働基準法改正で、時間外労働の上限が年間960時間に規制される。さらに自動車運転業務に関する改善基準告示が改正され、労働時間と休憩時間を含めた拘束時間が、従来の年3516時間以内から年3300時間以内になる。労使協定があっても年3400時間以内に短縮される。1日の休息期間は継続8時間から9時間に延長され、11時間が「努力義務」に設定される。基準を守らない企業には、何らかの行政処分が科される。
「ドライバーの高齢化とこの規制が相まって、2030年には実に34.1%、9.4億トンの荷物が運べなくなる試算だ。物流コストも大幅に上がるだろう」
時間外労働の短縮により残業収入が減り、ドライバーを辞める人も現れかねない。供給不足に拍車がかかる恐れもある。
「特に500kmを超す長距離輸送でドライバー不足が深刻になる。大きな影響を被るのが地方だ」
野村総合研究所は、ドライバー数の供給と需要の将来推計で2030年には全国で35%、東北や四国では40%以上の荷物が運ばれなくなると予測する。
全産業に影響する
労働時間を短縮しつつ輸送能力をいかに確保していくかは、物流事業者にとっての課題だが、2024年問題は、全産業に関わる課題だと捉える必要がある。
矢野氏によると第一に影響を受けるのが、生産地から消費地まで長距離で輸送するケースが多い農産物、水産物などの生鮮品関連だという。
「やむを得ず長距離輸送から物流事業者が撤退し、出荷できない地方もある。物流コストは出荷側の負担になるため、出荷する卸売市場を絞る生産者がすでに現れている」
九州から東京には出荷するけれど、東北には出さない。東京都内でも大田市場にのみ卸す。こうなると、地方の飲食業や加工食品業などに余波が及ぶ。
製造業も深刻な影響を受ける。必要なときに必要な量の原材料が届かない可能性があるからだ。日本では基本的に商品価格に物流コストが含まれる。卸売業が同レベルの製品を買う場合、高い物流コストが含まれている地方の製品を選ばなくなる。競争力維持のためには、地方のメーカーが利益率を下げざるを得ない。
問題に直面するのは建設業界も同様だ。建設資材が必要なタイミングで現場に入ってこない事態が起こり得る。今までのように、急な変更に運送業者が対応できなくなる。これまではドライバーが現場の人と一緒に積み荷を所定の位置まで運んでいた。今後はドライバーがその荷役作業に費やす時間を取れない。車上で渡すやり方に切り替えざるを得なくなる。建設業者は現場に荷降ろしの人材を配置したり、建設資材の置き場を設けたりする必要が出てくる。
小売業も無関係ではいられない。やはり商品をタイムリーに入荷しにくくなる可能性が高まる。通信販売で「送料無料」を売りにする業者も、見直しをせざるを得なくなるだろう。
荷主企業の改革が必須
現在、様々な対策が議論されている。ドライバーの増加に向けては、収入改善策を検討中だ。
「国土交通省は、ドライバーの賃金是正などを目的に、2020年4月に『標準的な運賃』を告示したが、標準運賃を受け取っている企業は依然として少ない。標準運賃の2〜3割しかもらっていない企業も珍しくない」。燃料費の高騰も踏まえ、標準的な運賃に関する議論が進む。
今、焦点になっているのが、ドライバーが集荷先や納品先で待機する荷待ち時間と荷役作業の削減だ。「荷待ちと荷役で3時間かかるといわれ、この業務の削減が生産性の向上に直結するが、物流事業者側ではコントロールしにくい。政府は発着荷主の意識改革を進めている」と矢野氏は説明する。
例えばバラバラの段ボールのサイズを統一する、納品の時期や時間帯をずらすなど、荷主側で工夫できることは多い。政府は具体的な取り組み事項をまとめ、普及を図る。すでに一部のコンビニエンスストアでは、1日の配送の回数を減らした。百貨店業界では、納品の時間帯をずらして、深夜や早朝の作業を減らす動きもある。
さらに急がれるのが、物流業界のデジタル化だ。出荷先に商品を運び入れるとき、いつ、何を運搬するのか、情報をデータベースに一元化し出荷先企業と共有する。予定変更が生じたら、すぐに反映する。そうすれば届け先での無駄足がなくなる。「荷主企業の業種にかかわらず、情報システムの構築はマストだ」と矢野氏が強調する。
物流手段の転換
トラックの代わりに鉄道や船舶を使う、モーダルシフト(輸送手段の転換)も進む。トラックは最寄りの駅や港との往復で済み、長距離輸送が不要となる。
鉄道の場合、貨物列車を稼働させるのは旅客列車が走っていない深夜が中心なので、便数を増やすには調整が必要だ。フェリーはトラックよりも料金が高くなる。しかし課題を乗り越えてでも、シフトさせることが大切になる。
注目されるのが共同配送だ。複数の企業や団体が同じ市場に出荷する際、同じトラックに商品を混載して物流を効率化する。
「大手企業同士が共同で配送する取り組みを始めた。地方の物流事業者がその地域の企業に声をかけ、製品を混載させている例もある。出荷量がそれほど多くない地方の中小企業の場合、業界団体が旗振り役となり、企業同士が声をかけ合ってトラックを出すのは効果的だ」
2024年問題は遅かれ早かれ自社の事業に影を落とすだろう。対策を打つのに早すぎることはない。
長距離輸送は少人数が
まとめて大量に行うフェーズに
~NEXT Logistics Japanの取り組み~
来るべき物流危機に備え、仕組みを再構築する動きが盛んだ。その一例が、ネクスト・ロジスティクス・ジャパンの取り組みだ。
2018年に日野自動車の子会社として設立された同社は、アサヒグループジャパン、江崎グリコ、日清食品などの荷主企業、ギオン、鴻池運輸といった物流企業を含む、多様なパートナー企業20 社から出資を受け、様々な立場から知見の提供を受けながら、日本の物流事業の大半を占める企業間物流の課題解決を目的として事業を営む。
「ドライバー不足の要因である労働条件の悪さと、『トラックの6割が空気を運んでいる』と言われる生産性の悪さを、業種業態を超えて解決していく」と、取締役の片平英司氏は話す。
「ダブル連結」「混載」がカギ
同社が進めるのが、大型トラック2台分の荷物を運べるダブル連結トラックに、数社の企業の荷物を混載し、神奈川県(相模原)と兵庫県(西宮)にあるクロスドック間の幹線を定時走行する仕組みだ。
荷主は、発車時刻に合わせて荷物をクロスドックに持ち込む。それらを積んだトラックが、中間に位置する愛知県の豊田営業所に来たところでドライバーが交代する。神奈川から来たドライバーは、兵庫から来たトラックに乗り換え来た道を神奈川まで引き返す。これにより、幹線を走るドライバーは日帰りが可能になる。トラックの荷台も空にならずに効率が上がるわけだ。ドライバー1人で2台分運べるため、長距離ドライバー不足の対策になる。CO2排出量の削減にも寄与する。
自動で積み荷を割り付け
この異業種混載の肝となるのが、量子コンピューターを使った、自動割り付け・積み付けシステム「NeLOSS(ネロス)」だ。物流業界では、どの荷物をどのように積み込むかは、現場で配車担当者が長年培ってきたカンやコツで判断することが多く、この作業に2時間以上かかる。対してネロスなら、荷物の重さやサイズ、中身などを入力すると、わずか40秒でどこにどう積めば無駄が生じないか計算、可視化する。
一方、クロスドックまで荷物を運んできたトラックドライバーは、荷役作業は不要だ。ダブル連結トラックへの積み込みはクロスドックのスタッフが行い、荷降ろしの一部は自動運転フォークリフトと自動走行搬送ロボットが担う。今後は積み込みも自動化する予定だ。
「いずれは、ネロスを皆さんに使っていただけるようにオープン化していく。また船や列車も含めて、最適なルートを検索できるよう、ネロスをバージョンアップさせる予定だ」(片平氏)
効率化により削減できたコストは、ドライバーの待遇向上に充てるとも話す。「荷主には輸送をサステナブルにするメリットがある。CO2削減という社会貢献にもなる」
物流業界が変革を迎える今、こうした取り組みにも注視したい。