特集:明日への扉
既存顧客を増やせ
リピーター獲得の心得
類似商品やサービスがすぐに現れる昨今至るところで消耗戦が必至の価格競争が繰り広げられている。
大手のような体力を持たない中小企業には価格競争の波にのまれない戦略が求められる。
経営の安定に重要なのは、自社にとって優良な既存顧客だ。
リピーターを獲得するための実践方法と心得を探る。
- 明日への扉
- LTV
- 離職率
- 業績アップ
この記事のポイント
- 新規顧客の開拓より、既存顧客から優良なリピーターを獲得すべき
- 値下げや過剰なサービスで獲得した顧客は、いずれ離れていく
- 平均顧客単価や購入頻度を高めて、LTVを向上させる
リピーター獲得が業績を上げる
協力=経営コンサルタント 一圓克彦氏(顧客リピート総合研究所)
中小企業に必要なのは"長期的に利益をもたらす存在"だ。どうすれば、優良なリピーター顧客を増やせるのか。最新事情に即したリピーター獲得の理論と実践方法を聞いた。
ビジネスにおいて、リピーターとは製品・サービスを2回以上購入または利用する顧客を指す。新規顧客の開拓ばかりに力を入れ、既存顧客への対応がおろそかなままでは、売上はいつまでも安定しない。
経済学の定説"パレートの法則"は、経営における既存顧客の重要性を示す。"80:20の法則"とも呼ばれ、特定要素の20%が成果全体の80%を生むと考える経験則だ(図A-1)。マーケティング業界では、売上の80%は20%の優良顧客が生み出すとされている。優良顧客とは利益率の高い商品を繰り返し購入するリピーターのことだ。リピーターをいかに獲得し、つなぎ止めるかが安定した経営のカギとなる。
経営コンサルタントで顧客リピート総合研究所の一圓克彦氏は、「単純に繰り返し購入する顧客は、獲得を目指すべきリピーター像には当てはまらない」と話す。一圓氏の定義では、中小企業が獲得すべきリピーターは"売ろうとしなくても、売り手のタイミングで、言い値で喜んで買ってくれる顧客"だ。
値下げでの獲得は悪手
一圓氏は続ける。「値下げや過剰なサービスで獲得したリピーターは、いい顧客とは言えない。より安いところを見つければ簡単に離れていくからだ。客離れを防ごうとさらに値下げすれば、中小企業は価格競争の波にのまれ疲弊する。戦略には、理想のリピーター像をしっかり描くことが大切だ」
リピーター獲得には3つのメリットがあると一圓氏は言う。1つ目は「販売促進費の低減」だ。一般的に"1:5の法則"として知られる(図A-2)。同額の売上であっても、新規顧客に販売するコストは、既存顧客に販売するコストの5倍かかることを示す。新規顧客は開拓から始まり、何度も交渉を重ねて、ようやく取引が成立する。既存顧客に比べ、コストがかかるのは明白だ。
一圓氏は数々の事業戦略に携わる中で、このコスト比率を調査してきた。大阪の繁華街にある客単価2,000円の飲茶店では、比率は1:5どころでなく、1:16と算出された。既存顧客は新規顧客にかかる16分の1のコストで再来店すると判明したのだ。「1:5の法則が提唱されたのは20年以上前だ。この20年でビジネス環境は様変わりした。現在は競合が次から次へと生まれ、あふれる情報の中で新たに自社を選ばせるのは容易ではない。
一方、既存顧客とのコミュニケーションは安価に多様な方法を採用できる。この飲茶店ではLINE登録を促し、再来店の宣伝と販促が非常に効果的だった」販売する商品・サービスが高額になるほど、費用対効果は大きくなる。「契約受注単価300万円台のシステム開発会社では、この比率はおよそ1:8000となった」と一圓氏は続ける。「300万円のシステムを新規開拓で売るためのコストは多大だ。
買い手からすれば、見ず知らずの会社と大きな契約をするにはよほどの理由が必要であり、慎重にならざるを得ない。何カ月もかけて顧客との関係性を構築し、ようやくコンペへの参加が許されるという具合だ。
一方、一度契約した顧客は、例えばインボイス登録番号対応のシステムへの拡張を売り込みたい場合でも、提案書と見積書をメールするだけで可能だ。しかも日ごろの関係性が良好であれば成約に至りやすい」
離職率が下がる効用
2つ目のメリットは「従業員の離職率の低減」だ。人材不足にあえぐ中小企業には見逃せないポイントである。「新規開拓を目指してひたすら飛び込み営業をするのと、既存顧客との関係性を深めて受注を待つのと、どちらをやりたいかをイメージすれば分かりやすい」と一圓氏は話す。離職の大きな理由に承認欲求が満たされないことが挙げられる。「目標やノルマ達成のために行う新規顧客獲得の営業は、いわば自己を否定され続ける労働だ。一方、既存顧客との関係性構築では、承認欲求が満たされる機会が多く、やりがいを感じやすい。新規顧客と既存顧客がいいバランスにある会社は、たいてい職場の雰囲気も明るい」
3つ目のメリットは「売上の安定化」だ。既存顧客の中でも、値下げや過剰なサービスで獲得したリピーターは、売上の安定には決してつながらない。売り手のタイミングで、しかも売り手の言い値で取引するリピーターを増やせば、売上の安定につながるのだ。「この自社にとって優良なリピーターが、中小企業の経営には極めて重要だ」と一圓氏は強調する。
安定した売上の効用は経営に良いばかりではない。一圓氏は続ける。「安定した売上を保つ会社の経営者は、ほぼ間違いなく機嫌が良い。何千社と中小企業の経営を見てきた中で得られた確かな経験則だ。経営者の機嫌が良い会社は何をやってもうまくいく。中小企業に不可欠なのは経営者の機嫌が良い状態と言ってもいい。自社にとっての優良なリピーターの獲得は、売上の安定化、経営者の機嫌が良い状態への近道だ」
リピートの3つのスタイル
リピーター獲得にはどのような方法があるのか。リピートのスタイルは下記の3種に分類できるという。
- 同経験のリピート/同じ商品を同じ目的のために買う
- 例:ふらっと立ち寄ったワインショップで購入したワインを気に入り、翌週にまた同じ商品を購入する。
- 異経験のリピート/同じ商品を異なる目的のために買う
- 例:1.同様にワインを気に入り、同じ商品を友人宅への手土産として購入する。
- 時系列のリピート/別の商品を購入する
- 例:1.同様にワインを気に入り、レジ袋に入っていたチラシの案内を見て有料のワイン教室に参加する。
このうち1のリピーターは「狙って増やせないため、リピーター顧客対象から除外しても良い」と一圓氏は断言する。人間の意思決定には損失回避性が反映されるからだ。「好みのワインを見つけたら、次はもっと安い店で買おう、類似商品を試そうといった心理になる。値下げすれば同商品を再購入してもらえる可能性は高いが、優良なリピーターには当てはまらない」
増やすべきは2と3のリピーターだ。2は異経験の内容を提案し、商品に付加価値を付ければ増やせる。例えば、魅力的な贈答用ラッピングや相性のいいチーズの同時購入を提案するなどだ。3は成約した取引の後に顧客に起こる心理変化を先読みし、新たに得られる体験を提案することで増やせる。「例えば、ワイン教室の参加者にソムリエナイフを販売する。上級者向けワインの試飲会を開く。より繊細に味わえる1脚3万円の高級ワイングラスを販売する。その先には参加費80万円の仏ブルゴーニュ視察ツアーがあるかもしれない」
このように時系列のリピーターとの関係性を深めれば、LTV(ライフタイムバリュー)を最大化できる。LTVとは顧客生涯価値を意味し、1人の顧客から長期的に得られる利益を表す。いわば既存顧客との関係性を測る指標だ。LTVの計算方法は多様だが、一般的には、"LTV=平均顧客単価×収益率×購入頻度×継続期間"の計算式で算出される。LTVを高めるには「平均顧客単価を上げる」「収益率を上げる・維持コストを下げる」「購入頻度を上げる」「継続期間を延ばす」の4つの方法がある(図B)。"時系列のリピート"は全てに有効だ。
B to Bにおいて、とりわけコモディティー化(類似商品が出回り、市場価値が低下すること)した商品を扱う場合には、リピーター獲得のために何をすべきか。検討したいのが、現行の商品をスライドさせる"異経験のリピート"の道だ。B to Cへの転用は典型である。「運送会社を顧客に持つ自動車整備工場では、贈答用の車検パッケージをつくり、運送会社の経営層に販売した。普段は価格にシビアな顧客も、贈答用となると見栄えのいいフルスペックのプランを選び、利益率の高い商品を購入していた」
困り事を徹底的に排除
「リピーター獲得には困り事の解決も有効だ」と一圓氏は続ける。ルーティン化した取引でも、顧客を丁寧にヒアリングすれば課題は必ず発見できる。「会社全体でなく、担当者レベルの困り事を排除してあげるやり方も有効だ。例えば、もし別の商品を会社に売り込みたいなら、担当者がすぐに社内会議で使えるプレゼン資料を作ってあげると良い。面倒がない、ラクができるというメリットがあると、担当者が自ら商品採用のために動いてくれる」
困り事の解決も"時系列のリピート"の考え方で発展させていきたい。面倒がない経験を重ねると、あるところで損失回避性のベクトルが逆方向になるという。「面倒がない快適な状態を失いたくない心理が働き、積極的にリピートするようになる。そこまで関係性を深めていけるように、日ごろから担当者とのコミュニケーションを密に取り合うことが大切だ」
まずは既存顧客の姿を見つめ直すところから、リピーター獲得の可能性を模索していきたい。
顧客の課題解決が
運送会社を物流商社へ進化させた
リピーター獲得施策事例:大日運輸(大阪府門真市)
大日運輸は1956年創業以来、建設現場に必要な建材の倉庫保管・配送を手がけて成長した。
90年代、バブル崩壊後の不況により配送業と倉庫業の価格競争は激化の一途をたどり、93年には主要顧客の商流変更で売上高の約6割を失った。95年の阪神・淡路大震災が追い打ちをかけ、さらに売上が低下したころ、2代目社長の石井肇氏は7年間の商社勤務を経て、家業の大日運輸に入った。「倉庫は空きが多く、トラックは稼働しない。売上は減る一方で、既存事業だけでは、経営の先行きが見えなかった」
石井氏は競合他社との差別化の道を模索した。建設現場を回り、顧客である工務店にヒアリングもした。そこで、ニッチなニーズが見えてきた。
顧客間で高まる評価
最も取扱量が多いのは外壁材だ。石井氏は話す。「現場では保管場所を確保しづらい。しかも長い建築期間の中で、必要となる時期はピンポイントだ。納品のタイミングについての要求レベルが非常に高い」
さらにニーズをリサーチするうちに顧客が抱える課題も見えてきた。「外壁材は現場で切断加工する必要があるため手間がかかる。作業工程のボトルネックだと分かった」
どう解決するか。「外壁材を事前に加工しておき、タイミング良く届ける。加えて納品だけでなく、現場で出た端材を回収し、コーナー材を作製して再納品する。これで他社と明確に差別化できる」と石井氏は考えた。従来の配送業・倉庫業に加え、建材加工をもう1つの事業の柱に据えると決断したのだ。倉庫の一角に作業所を整備し、親しい顧客に教えを請いながら加工のノウハウを培った。一般的な木工用機械で事足りるため、初期投資もさほど負担にはならなかった。
端材回収と建材加工のサービスを展開
「顧客の反応は想像以上だった。使い勝手が良く、工数の削減、産業廃棄物処理の負担減によるコストメリットは大きい。リピート率は格段に高くなった」
1年ほどたつと、売上は徐々に安定した。石井氏は続ける。「顧客の課題を解決すべく、丁寧な仕事を心がけた。仕上がりが良く品質向上に役立つと、リピーターはさらに増える。顧客の同業社間での良い口コミ評判が広がると、思いがけず新規受注も増えた」
建材加工サービス事業では、現場のニーズを拾いながら、製品・サービスを拡充した。以前は外壁メーカーの下請け的な存在だったが、加工技術の評価が高まると取引が拡大した。最も売上が落ち込んだ90年代初頭から10年後には約2倍、20年後には約4倍となった。
感謝の声が原動力に
「配送業・倉庫業は顧客のクレームを受けることはあっても、感謝の声を聞く機会は少ない。加工事業を開始してから、お客さまの"ありがとう"を直接聞く機会が一気に増え、従業員はやりがいを感じるようになった。"ありがとう"をたくさんいただけるよう、ニーズに合わせたサービスを高品質で、リーズナブルに、迅速に、ワンストップでお届けすることに努めている」
現在の事業別の売上比率は、配送40%、倉庫20%、加工40%で安定している。建材の販売も手がけ、物流会社、ものづくり会社、商社の3つの顔を持つ物流商社へと進化した(図C)。「『困ったときは大日』と言ってくれるリピーター顧客は多い。今後もワンストップでの課題解決にこだわり、リピーター顧客の期待に応えていきたい」