特集:明日への扉
成長企業はどこも実践!
立ち戻れ
「凡事徹底」
企業経営における成功事例として、奇抜な発想や奇跡の逆転劇といった話題が多く取り上げられるが、実際はそのような事例は多くない。
日々の積み重ねが長寿の会社をつくっていく。
とはいえ、当たり前にする仕事は軽視されがちで、毎日の継続は意外と難しい。
どうすれば凡事を徹底する仕組みをつくれるのか。
具体策と実践事例から学んでいこう。
- 明日への扉
- 凡事徹底
- 習慣化
この記事のポイント
- 凡事徹底が成功するか否かのカギは習慣化にあり
- 承認と報酬によって習慣化につながる
- 石坂産業は凡事徹底で社会貢献企業へと進化
凡事徹底
成否のカギは習慣化にあり
協力=行動科学マネジメント研究所 石田淳氏
特別なことではなく、平凡な仕事を徹底してやり通す"凡事徹底"の重要性が、今改めて問われている。当たり前だからこそ難しい。行動を習慣化する仕組みづくりを考える。
大成長を遂げた企業の事例紹介では、目新しい発想や派手なエピソードにスポットライトが当たりがちだ。多くの経営者は成功のための手がかりとして特別なものを求めようとする。しかし、長年にわたって業績を伸ばし続ける企業は、奇抜さの対極にある"当たり前"の積み重ねを大切にしていると、ウィルPMインターナショナルの代表取締役であり、行動科学マネジメント研究所所長の石田淳氏は話す。
「私がコンサルティングを請け負う企業では、まずその会社で最も業績を上げている営業職や企画職など、いわゆるハイパフォーマーにインタビューする。彼らに共通しているのは"当たり前"を当たり前に10年、20年続けられる点だ」
当たり前の行動とは、「客先では自分から大きな声で挨拶をする」「毎日決まった件数訪問する」といった、誰でもできるささいなこと。それを1日も欠かさず続けられるかどうかで結果的に大きな違いが生じるという。
「当たり前のことを、ほとんどの人は続けられない。年齢が上がり経験値が増えるほど、『今日は気分が乗らない』『やらなくても経験でカバーできる』と言い訳してサボり、いずれはやめてしまうからだ。続けられるデキる人、すなわちハイパフォーマーは、気分や体調に左右されず、その行動を"習慣"として身につけている」
行動を習慣化する
例えば、今は自動車の運転席に乗る人は誰でも自然にシートベルトを締める。だが、かつてはシートベルトを常時着用する人は少数派だった。2008年の道路交通法改正によりシートベルト着用が義務化され、徐々にシートベルト着用が誰にとっても習慣となり、今では当たり前になった。
仕事における行動も同様で、同じように習慣化してしまえば、意識せずできるようになる。ハイパフォーマーたちはそれを自力でできる。普通の人にはそれがかなり難しい。だからこそ、経営者は誰もが行動を習慣化できる仕組みをつくらねばならない。
やるべきこと、当たり前を習慣化する一つめのカギとして、石田氏はABCモデルを紹介する(図A)。
人が行動を繰り返すには3つの要素がある。Antecedent(アンティシーデント):先行条件、Behavior(ビヘイビアー):行動、Consequence(コンシークエンス):結果だ。行動のきっかけとなる先行条件(A)があり、それを満たすために行動(B)を起こす。行動すれば、その結果(C)が生じる。
「多くの経営者は目標を達成するために従業員に行動を促すが、それだけでは望ましい行動を繰り返すようにはならない。行動分析学でも、先行条件は行動に対して、20%ほどしか影響力がないといわれている。対して、80%以上の影響力を持つのが結果だ。行動の結果として、周囲の反応や環境がより良いものに変化したと目に見えて分かると、また行動しようとする。行動を繰り返す習慣化ができるかどうかは、結果とその影響次第だ」
ハイパフォーマーの行動に着目
習慣化につながるもう一つのカギが、どれだけ自発的に行動し、その成果を増やせるかにある。従来の日本型経営では「やる気」や「根性」などの精神論に頼りがちだったが、それでは改善しないと石田氏は強調する。
図Bを見てみよう。これはハイパフォーマーとそれ以外の一般従業員の行動量を比較したグラフだ。オレンジ色の線はハイパフォーマーたちの"Want-to-do"曲線を示す。常に能動的に動き、行動の数だけ結果につながるため、時間がたつほどさらに行動を起こし、好循環が生まれる。
一方、青線は、「〇〇ねばならない」と仕方なく動く一般従業員の"Have-to-do"曲線だ。やるべき行動に目的を見いだせず、最低水準しかしないため、目覚ましい結果も出ない。この青い曲線の一般の人たちをオレンジ曲線にどれだけ近づけられるかが、企業の成長を左右する。
一般従業員の個々の能力を上げるために経営者がやるべきなのは、社内のハイパフォーマーの行動分析だと石田氏は話す。まずは彼らは1日何件営業訪問しているのか、1カ月にいくつ企画立案したのかなど、成果につながった行動を洗い出す。その行動を一般従業員にも促し、彼らも少しずつ結果に結びつけられるようになったら、行動とセットで評価して、やる気を引き出す。こうすることで一般従業員のやらされ感は薄れ、次第に習慣的に行うようになる。行動したことが、きちんと報われ、達成感を得られると分かれば、前向きになり、その行動を継続するようになる。
習慣化するまで一歩ずつ
行動が習慣化したら、それをいかに継続させるかが次のポイントとなる。「3カ月継続できたら、完全に習慣になったといえる」と石田氏は話す。ただし、あまり意気込みすぎないようにしたい。
「まずは1カ月からでよい。1カ月続いたら、だいたい3カ月続けられるようになる。そこから先は半年、1年と徐々に目標期間を延ばしていく。大切なのは、いきなりがんばりすぎないこと。例えば、英語を習得しようと、最初から毎日2時間勉強する目標を立てても、たいていは挫折する。まずは1日30分程度からというように、実現可能なレベル設定で一歩ずつクリアしていくと、行動を継続できるようになる」
行動が習慣になるまでの3カ月間は従業員育成期間と捉えよう。「学ばせる」ではなく、「行動の習慣化」を目的にすれば、凡事徹底へ踏み出せる。
承認と報酬が継続の秘訣
さらに、習慣になった行動を継続させる仕組みとして「トータル・リワード」とよばれる報酬体系をつくる(図C)。これは結果に対して報酬を与える成果主義的なものとは異なる。従業員の行動そのものに対してご褒美を与えて、それを繰り返すよう促す仕組みだ。このような仕組みを、石田氏は「承認のマネジメント」「行動強化のマネジメント」と呼ぶ。
「報酬には、給与や福利厚生といった金銭的報酬と、ワークライフバランスや心理的安全性をもたらす企業文化、成長機会の提供などの非金銭的報酬がある。報酬を与えると、従業員の行動の承認につながる。
ここで着目したいのが、非金銭的報酬による効果だ。感謝と認知は特に重要で、『○○君はすごい』と人格をほめるのではなく、『訪問件数を増やしてすごい』と具体的な行動の承認を意識してほしい」
石田氏はさらに「具体的な行動の明確な指示」も非金銭的報酬の重大な要素に挙げている。これは、部下が成果を上げるのに望ましい行動を一つひとつ分解して言語化し、具体的に示したもの。訪問件数を増やすのなら、「今週は〇件、来週は〇件訪問する」といった具合だ。これが明示できていると、行動の承認もしやすくなる。
いつか結果につながる平凡な仕事を一つひとつ実行するのが従業員の凡事徹底なら、彼らの仕事への取り組み方をしっかり見て、「きちんとできているね」と認め、ほめるのが経営者や管理職の凡事徹底だ。その一方、部下をしっかり指導しようとするあまり、自身の行動に意識が向いていなかったり、部下を認めるマネジメントができていなかったりする経営者も多い。そのようなタイプは、自分の行動を見える化して、自分自身の承認から始めてほしい。
「経営者にも承認と報酬は必要だ。従業員と話すのが苦手な人は、話しかけられた日は手帳に印をつけるくらいでよい。継続のために、それが1週間続いたら好きなものを食べるといった"ご褒美"を用意しておこう。経営者としての当たり前の行動を習慣化して、組織全体での行動の習慣化、凡事徹底へとつなげよう」
デキる人ほど要注意
一度習慣になった行動は、意識せずとも続けられるようになる。ただし、若い頃から凡事徹底ができていたハイパフォーマーがマネジメント職に就いたときは注意が必要だ。
「その人は当たり前の仕事としてずっとやってきているので、部下ができないことが理解できず認めない。特に新人はできなくて当然なのに、経営者や上司が優秀であるがゆえにチームが崩壊してしまう。ハイパフォーマーほど、自分の当たり前が人の当たり前ではないと認識すべきだ。上に立つ者として絶対に忘れてはいけない」
一つひとつは地味で平凡な行動だからこそ、その効果が現れるまで時間を要する。企業が長く生き残って成長するうえで、特に人材確保と育成に苦労している中小企業にとって、凡事徹底のための仕組みと組織づくりに取り組む意義は大きい。
「大企業のように優秀な人材を集めづらい中小企業こそ、今いる従業員が凡事徹底できるようになれば他社と大きな差がつく」と石田氏はエールを送る。面倒な仕事でも習慣化できれば続けられる。凡事徹底を入り口に、一歩ずつ成長へと結びつけたい。
里山を育て、人を育てる
地道な積み重ねで評価を変える
凡事徹底実践事例:石坂産業(埼玉県入間郡三芳町)
埼玉県入間郡三芳町の広大な里山に、産業廃棄物中間処理を事業とする石坂産業の本社オフィスとリサイクルプラントがある。いわゆる産廃業者の同社は、ごみをごみにしない社会「Zero Waste Design」を企業ビジョンに掲げ、東京ドーム約4個分もの敷地の約8割にあたる雑木林や緑地を美しい里山に再生させ、産廃のイメージを大きく変えた。
敷地内で運営する「三富今昔村」は環境教育学習の場として一般にも公開。現在は地元の幼稚園児が遠足に訪れるような場所になったが、同社は1999年のテレビの報道番組に端を発した所沢ダイオキシン騒動で、無関係ながら環境汚染の元凶のようにバッシングされたつらい過去がある。地元住民や環境NPOから非難され続けた当時のことを、その頃人事担当だった石坂知子専務取締役は振り返る。
「産業廃棄物処理は社会に必要な仕事なのに、実際を知らない周囲から迷惑産業と言われてしまう。そこで"脱産廃屋"のスローガンを掲げ、40億円を投じて騒音や粉じんが漏れない屋内処理プラントをつくった。さらに社員の質を上げる教育を徹底した」
挨拶徹底に10年
当初は、従業員教育は簡単にはいかなかった。改革の一歩として、労働安全衛生や環境のマネジメントシステムの国際規格取得を目指すと発表したところ、細かいルールや手順が増えることを嫌った従業員の反発を買い、半年で従業員数60人の4割が会社を去った。石坂専務は求人に奔走し、大幅に若返った新しい従業員たちに基本マナーの教育からスタートした。
「まずは挨拶と3S(整理・整頓・清掃)を徹底し、経営陣から働く姿勢を変えようと考えた。自分たちが心を開かなければ彼らも信頼してくれないし、なぜ必要なのか腹落ちしないと行動変容に至らない。とにかく地道に働きかけ続けるしかなかった」
基本中の基本である挨拶を定着させるまで、10年かかった。最初は経営陣が毎日2回現場を回って、従業員同士や搬入のために来社する顧客に対して挨拶ができているか、時には見えないところから観察した。できていなければ指摘を繰り返した。ある程度定着してきたら状況把握は従業員に権限委譲して、彼らが自ら動き、互いに育て合う風土を醸成した。
「今では挨拶をしないと浮いてしまうくらい、挨拶が当たり前になった。品質・環境・労働安全衛生、情報セキュリティーのマネジメントシステムのISO認証取得までは会社主導で行ったが、その後取得したエネルギー、事業継続、学習サービスの3種類の認証は社員たちの発案だった」凡事徹底で社会貢献企業へ
2000年から本社周辺のごみゼロボランティア活動を始めると、「家族を参加させたい」という従業員が現れ、徐々に地域の人々の見方も変わってきた。数年たつと、地域住民や産廃事業に反対していた環境NPOの人々も家族と参加するようになった。
この頃から従業員を育てる取り組みと並行して、工場周辺の里山再生も進めてきた。不法投棄物で荒れ果てた雑木林を地権者から買い取り(一部は借り上げ)、年間数千万円をかけて間伐や植林を進め、「くぬぎの森」として生き返らせた。ここは、JHEP(公益財団法人日本生態系協会)認証(※)で最高ランク「AAA」の認定を受けている。三富今昔村では体験型環境教育プログラムや農業体験できる施設のほか、従業員手づくりの遊歩道、子どもたちが遊べる広場、カフェエリアなどをつくり、多くの人に親しまれるサステナブルフィールドになった。
「ここまで里山を育てるのに20年の年月がかかったが、これからも続けたい。人を育てることも同じで、地道にやり続けて小さな成功体験を積み上げるしかない。そんな経験を通して働きやすい職場環境をつくり、自ら仕事をデザインできるようになってほしい」と石坂専務は展望を語った。
- ※生物多様性の保全への貢献度を客観的・定量的に評価・認証するもの