特集:明日への扉

シニア人材の活用戦略

超高齢化課題を
チャンスに変える

人手不足の深刻さは増すばかりだ。
人口減少と超高齢化が進む中、労働力不足の解消の糸口と注目されるのがシニア人材の活用だ。
会社として、60歳以上の雇用をいかにフォローし、培われてきた能力を経営にどう生かすべきか。
人生100年時代の今、シニア人材の活用戦略について考える

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更新

この記事のポイント

  • この10年で、60歳以上の常用労働者は169.5万人も増加した
  • シニア人材の活用は、労働力不足の解消の糸口と注目される
  • リバースメンタリングで、年功序列に依存しない関係性を構築する
総論

労働力確保の活路を開く

シニア人材活用の最適解

協力=青山学院大学経営学部・大学院経営学研究科 山本寛教授

シニア人材の雇用は、単に会社の労働力不足を補うだけではない。活用次第で、会社に多様なメリットをもたらす。慢性的な人手不足に悩む中小企業にとっては極めて重要な経営課題であり、有効な成長戦略だ。シニア人材の有用性と活用術を探る。

総務省統計局が2024年7月に発表した人口推計によると、日本の65歳以上人口は約3622万9000人だ。前年同月に比べ約4万9000人増加し、高齢者が総人口に占める割合は29.2%に達した。

厚生労働省「高年齢者雇用状況等報告」(23年)で報告された「60歳以上の常用労働者の推移」に着目する(図A参照)。14年から31人以上規模企業を、21年からは21人以上規模企業も集計している。

図A:60歳以上の常用労働者の推移

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(2014年~2020年までは31人以上規模企業の数値)2014年:287.2万人、2015年:304.7万人、2016年:324.5万人、2017年:347.4万人、2018年:362.6万人、2019年:386.5万人、2020年:209.3万人、2021年:21人以上規模企業で447.3万人 31人以上規模企業で421.0万人、2022年:21人以上規模企業で470.0万人 31人以上規模企業で441.7万人、2023年:21人以上規模企業で485.9万人 31人以上規模企業で456.7万人 31人以上規模企業の推移に着目すると、わずか10年足らずで、60歳以上の常用労働者は169.5万人も増加した
出典:厚生労働省「高年齢者雇用状況等報告」(2023年)

31人以上規模企業における60歳以上の常用労働者数を見ると、14年は287.2万人だったが23年には456.7万人の結果となった。わずか10年足らずで169.5万人も増加している。23年の21人以上規模企業では、60歳以上の常用労働者数は485.9万人となった。これは全年齢の常用労働者の約14%を占めるという。

人的資源管理論を研究する青山学院大学経営学部・大学院経営学研究科教授の山本寛氏は、「60歳以上の人口増加に加え、21年に施行された改正法『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)』(図B参照)が背景にある」と指摘する。事業主に、定年を70歳まで引き上げ、嘱託での再雇用措置を講じる努力義務が課された。

図B:シニア人材雇用の努力義務

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)
  • 70歳までの定年の引き上げ
  • 定年制の廃止
  • 70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
    (特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む)
  • 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
  • 70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
    • a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
    • b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業

21年4月に「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正された。
企業に70歳までの就労機会確保の努力義務が課される

出典:厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」

前出の「高年齢者雇用状況等報告」(23年)によると、努力義務が課されたものの、シニア人材を雇用する企業は半分以下にとどまる。66歳以上が働ける制度を有する企業は43.3%、70歳以上は41.6%だ。

「25年には団塊の世代が75歳以上となる。4人に1人が後期高齢者という超高齢社会だ。努力義務とされる70歳までの就業機会確保は、義務化の可能性が十分ある」と山本氏は予測する。

深刻な人手不足もシニア人材の需要を高める。人手不足倒産は23年、24年上半期で過去最多を更新中だ。規模別では従業員10人未満の企業が8割弱と、中小企業に厳しい状況となっている。人手不足への有効策にロボットの導入と外国人労働者の活用もあるが、中小企業にとってはいずれもハードルが高い。

「高価なロボットの導入費用を捻出できる中小企業はごく少数だ。技能実習制度の改革が進み外国人労働者数は増加しているものの、地方では都市部との賃金格差がネックとなり労働力の確保にはつながらない。女性の活躍も、日本での女性就労率はすでに他の先進国に比べ高水準にあり、伸びしろは期待できない。中小企業にとって労働力確保の現実的な活路は、シニア人材一択の状況だ」

シニア人材活用の効果

以前なら、シニア人材雇用の選択肢は最後に回されるのが常だった。昨今は見直しが進む傾向にある。

シニア人材ならではの利点に着目すると、国からの助成金が挙げられる。厚生労働省「65歳超雇用推進助成金」は、3つのコースで事業主に対する助成を行う。例えば、60歳以上の被保険者が1人いる場合、定年を廃止すると40万円が支給される。

「採用コストの低減にもつながる。新卒就職者の3年以内離職率は高い。事業規模が小さくなるほどその傾向は強まる。対してシニア人材は、少なくとも3年以上の就労を期待できる場合が多い。手間と費用がかかる新人研修が不要で即戦力となる。採用コストの費用対効果は大きい」

シニア人材の活用メリットに、社内カルチャー改善への寄与もある。「生き生きと職場で働くシニア人材が1人でもいると、若手の仕事へのモチベーションは向上する。歳を重ねてもやりがいを持って働く自分をイメージできるからだ。ダイバーシティにおいて、ジェンダーや国籍、人種、障害の有無が取り上げられるが、年齢の幅は意外に見過ごされがちだ。人生経験が豊富で、コミュニケーション能力にたけた高齢者の存在は、組織の多様性を高め、底力を上げる効果がある」

一般的に、若手と違って、年長者には人脈が備わる。営業先や提携先として有望な人脈を持つシニアを雇用すれば、ビジネスチャンスは広がる。「技術力や企画力があっても人脈がないベンチャー企業は、シニア人材の雇用に着目する。豊かな人脈を有するシニア人材を社外取締役に採用するケースが一種のトレンドだ。採用の検討ポイントは仕事のスキルだけでなく、いかに有用な人脈を持つかにもある」

年下上司・年上部下の問題

シニア人材の活用に必要な準備とは何か。山本氏は「現従業員に対する意識改革が重要だ」と強調する。「シニア人材の拡充で必ず生じる年下上司・年上部下の構造を問題化させない研修が必要だ」

シニア人材には、年下上司から指示される場面が必ずある。当然、若手が年上に指示をする。年下上司・年上部下の構造は、双方にとって多大なストレスとなり、現場のひずみを生みがちだ。「年下上司・年上部下の問題は、シニア人材活用の成否を決める課題と言ってよい。解決には、早晩、年上部下となる40~50代のミドル層向けの研修と、年下上司となる20~30代の若手層向けの研修が必要だ」と山本氏は指摘する。

ミドル層向けの研修では「停滞脱却」がテーマとなる。出世への意欲が低下し、自身のキャリアの終わりを意識する年代は40代半ばが多数とされる。キャリアアップを望めないまま、長期間同じポジションで仕事をすると、上昇も下降もない停滞した状態、いわゆる「キャリア・プラトー現象」に陥る。「停滞からの脱却には、新たな挑戦の機会や配置転換をはじめ、マンネリ化を打破する必要がある。会社は、停滞を脱却させる研修とトレーニングを行うべきだ」

ミドル層の停滞を脱却させる研修として、山本氏は3種を提案する。1つ目は、ミドル層が社内研修の講師役になることだ。経験によって培われた技術や勘を後進に伝授する。次世代を育成すると同時に、自身の向上心アップを図る。

2つ目は、組織横断的なプロジェクトのチームリーダーへの任命だ。若手が配属されたチームの管理に挑戦してもらう。長らく機会がなかったリーダーシップを発揮し、組織に積極的に関わるやりがいを体感させる。

3つ目は、役割変化への対応と現場力を磨く研修だ。長らく部下に任せていた事務仕事や電話応対を自分でこなせるようにする、いわば"第二の新人研修"である。山本氏は続ける。「研修によって、ミドル層には停滞脱却と同時に、シニア人材になったときの自身の活躍を明確化してもらう。"他人ごと"でなく、"自分ごと"と考えれば、年下上司と年上部下の相互理解は進むはずだ」

階層を逆転させる

若手層向けの研修では、年長者に対する恐れや遠慮の除去が目的となる。山本氏が推奨するのは、リバースメンタリング(逆メンター制度)だ。

メンター制度とは、先輩社員がメンター(助言者)として若手社員の相談に乗り、キャリア形成を支援する仕組みだ。先輩が長年の経験に基づき若手に仕事を教えるために広がった。一方、リバースメンタリングでは、若手が先輩に助言する。若手が得意とし、ベテランは苦手とする業務を軸に行う。「IT技術が代表例だ。孫が祖父母にスマホ操作を教えるイメージで良い。いかに優しく分かりやすく伝授できるかが重要だ。根気も要る。リバースメンタリングは、資生堂や岩手県で採用され効果を上げた」

資生堂は、若手が幹部を指南するリバースメンタリングで組織を活性化させる。指南するテーマは、先端のデジタル技術や業界のトレンドなど多岐にわたる。異世代での立場を逆転させた交流は、相互理解はもちろん、若手のキャリア形成の意識を高める効果もあるという。リバースメンタリングは、住友化学や三菱マテリアルも導入している。

岩手県では様々な分野で活躍する県在住・県出身の若者が、県幹部の相談にのる「岩手版リバース・メンター制度」を実施している。年功序列に依存しない組織づくりを目指し、若手の新しい発想によって地域活性化をさらに促している。

リバースメンタリングでは階層が逆転し、年功序列に依存しない関係性を構築する。相互学習によって、若手はベテランの気持ち、ベテランは若手の気持ちを理解でき、「何を考えているかが分からない」との互いの悩みも解消する。双方を多大なストレスから解放し、現場のひずみが取り払われるのだ。

図C:企業におけるリバースメンタリング制度のイメージ

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若手社員が中心のメンターが最新知識などを教え、ベテラン社員が中心のメンティーが経験に基づきフィードバックを行う。話し合われるテーマ例はIT・デジタル知識、働きやすい職場環境、業界のトレンド、新しいビジネスモデルなど。異なる世代の価値観を共有できる、部門の垣根を超えて人脈を形成できる、互いの知識や経験を共有し、業務の遂行がスムーズになるというメリットがある
若手社員がベテラン社員に先端のデジタル技術や業界のトレンドを教える。異世代での立場を逆転させ、互いの知識や経験を共有する仕組みだ

再雇用制度の拡充も研修と併せて整えたい。ベテラン層がさらなる活躍を目指せるよう、希望者全員が高いモチベーションで働き続けられる制度が必須となる。「ダイキン工業は今年、定年年齢を60歳から65歳に引き上げた。56歳としていた役職定年を廃止し、59歳以下に適用の賃金制度を延長した。賃金水準も65歳まで一貫性のある体系へ移行している。能力の高い人材は、70歳以降でも会社側の選択により無期限で雇用される時代がそこまできている」

大企業が組織改革や制度改定を行うには、クリアすべき事柄が膨大だ。その点、中小企業は事業主や経営層の判断で、大企業よりスピード感をもって変革できる。シニア人材の活用は、中小企業が柔軟に取り組みやすい経営戦略といえる。

Column

高齢者雇用の実践で分かった
一石三鳥のメリット

シニア人材活用事例:加藤製作所(岐阜県中津川市)

20年以上前の2001年、いち早くシニア人材の活用に取り組んだのが、家電や自動車用プレス板金部品加工メーカーの加藤製作所だ。名古屋市から車で1時間ほどの山間の中津川市にある。

60歳以上のみに向けた、画期的な求人広告は大きな反響を呼んだ

当時、同社は取引先からの低コスト・短納期の要請に応じるため、土日のレギュラー稼働を開始したいと考えた。土日だけ働く若者を見つけるのは困難だ。加藤景司専務(現社長)が目を付けたのが60歳以上の高齢者だった。早速ハローワークを訪ねた加藤氏は、担当者から意外な実情を聞いた。「働きたい高齢者は大勢いるのに求人はなく、求職をあきらめる人が多かった。もったいないことだ。弊社は新聞の折り込みに求人広告を入れた。驚いたことに配布直後から問い合わせが殺到し、初日には100人の応募があった」

チラシには「土曜・日曜は、わしらのウイークデイ。」のキャッチコピーが躍った。余暇を楽しみながら第二の人生を謳歌したいと考える高齢者が集まり、第1次募集で14人のシニア人材を採用した。

高齢者の就労には多少の試行錯誤もあったが想像以上にうまく回り、地域での評判が広がった。シニア人材は同社にとってさらに心強い労働力となった。平日は平均39歳、土日は平均65歳の社員が働く二世帯工場として稼働した。加藤氏は高齢者雇用には3つのメリットがあると気付いた。

  • 賃金を得ながら社会に役立てる喜びを感じる=高齢者自身にとってのメリット
  • 土日の労働力となってもらえる。共に働く若手の育成にも力を貸してもらえる=会社にとってのメリット
  • 地域の活性化につながる=地域にとってのメリット

現在は、リーマン・ショックによる大幅な生産調整と、昨今の働き方改革の流れを受け、シニア人材も土日の就業ではなく平日にフルタイムで働くのが基本だ。若手と共に働くシニア人材の担当業務は単純作業ばかりではない。若手への部品加工技術の指導や開発業務、ラインリーダーなど多岐にわたる。現在、同社の全従業員89人のうち、60歳以上は40人、70歳以上は20人に及ぶ。最高齢は経理担当の92歳女性で、ラインで加工を担当する職人の最高齢は80歳男性だ。年金受給をできるだけ先送りし、働けるだけ働きたいという高齢者の意識変化にも対応した。

シニア人材の高齢化

協働ロボットと作業する若手と高齢社員。業者から教わったロボット操作法を、若手が高齢社員にかみ砕いて伝授する

加藤氏は高齢者雇用における留意点を挙げる。最重要視するのはコミュニケーションだ。同社では世代間での分断を避けるべく、若手と高齢者のベストミックスのチームをつくる。チーム内および部門横断的なコミュニケーションが大切だと説く。「技術は、設備でなく人に付く。創意工夫も、若手と高齢者が入り交じって技術を継承する中で生まれる」

国の補助金を利用した積極的なバリアフリー化も進める。高齢者の目に配慮し、照明は高照度に更新した。工場内の各種ブザーの大音量化も行った。部品数カウントや梱包作業においては半自動化を進めた。人との協働ロボットの導入で生産性が向上した。「高齢者視点でのバリアフリー化は、実は若手にもメリットがある。作業効率化や安全性向上の着実な改善につながる。投資効果は大きい」

同社にも人材不足の波は押し寄せる。今年は新卒を1人も採用できなかった。学校に求人をかけて以来、初めてだ。「若手の穴を高齢者で補おうにも、中津川の高齢者も都市部に流れ始め、60代の採用すら難しくなっている。シニア人材の高齢化が進み、もはや60代でも若手という感覚だ」

シニア人材を各社で取り合う時代が、そこまで来ている。