
特集:明日への扉
管理職を目指さない若手
出世を敬遠する理由と打開策を探る
管理職への昇進は、誰もが目指すべき目標と思われてきた。
今、管理職になりたがらない若手社員が増えている。
管理職の若返りを図らなければ、組織はいずれ行き詰まる。
若手社員は、なぜ管理職を目指そうとしないのか。
管理職への出世を敬遠する理由と打開策を探る。
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この記事のポイント
- 若手には「面倒」「魅力がない」との理由から管理職を目指さない傾向がある
- 本来、管理職とは目標に向かって組織をマネジメントする役職を指す
- 管理業務と教育業務は別もの。管理職の業務範囲を見直す必要がある
管理職への出世は
なぜ若者に敬遠されるか
協力=経営コンサルタント 横山信弘氏(アタックス・セールス・アソシエイツ)
今の管理職の業務は大変すぎるという。なぜ大変なのか。今は若手社員が育たないという。なぜ育たないのか。管理職がかかえる課題と、若手社員を取り巻く漠然とした不安をひも解くと、取り組むべき打開策が浮かび上がった。
『日経トップリーダー』は2022年に昇進に関するアンケートを実施した。中小企業に勤務する役職のない正社員のうち、20~30代の男女200人を対象にした調査だ。管理職になりたいかとの質問に83%が「いいえ」と回答した(図A参照)。
図A:20~30代に聞く「管理職になりたいか」調査結果
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性別を問わず、管理職を志望しない人が圧倒的多数を占める。管理職は面倒かつ見合う給料ではないと考える若手は多い
出典:『日経トップリーダー』2022年11月号 特集「なぜ若手社員は管理職になりたがらないのか?」
管理職になりたくない理由は「人の管理が面倒」「自分にそれだけの能力があるとは思えない」が上位だった。管理職の業務は過大かつ内容が面倒だという。さらに「報酬と仕事量が見合わない」とも見なしている。
500社以上の企業を支援してきた経営コンサルタントの横山信弘氏は「研修の場で若手社員と話すと、明らかに以前より出世に対するネガティブな発言が増えた」と話す。ここ数年は特に、若手が管理職に対して及び腰になる風潮を感じるという。
目指す若手がいなければ、管理職は当然高齢化する。「管理職高齢化の最大の弊害は業務のやり方を変えられなくなることだ。やり方をアップデートできなければ、生産性も組織のモチベーションも向上しない」
昔ながらのやり方に違和感を覚える若者は会社に定着しない。さらに高齢化が進んで、会社は負のスパイラルに陥る。管理職の世代交代が図られているか否かは、年上部下がどれだけ存在するかで判断できると横山氏は話す。「例えば、37歳の課長、47歳の部長、57歳の部下で構成される組織は健全だ。57歳の部長、47歳の課長、37歳の役職なしでは明らかに世代交代のサイクルが回っていない。年上部下が全くいない組織も同様だ。世代交代サイクルのない会社に、若手が希望を見出せるわけがない」
曖昧な管理職の職域
若手が管理職になりたがらない原因の本質は3点に集約されると、横山氏は分析する。
(1)管理者の役割が曖昧
多くの会社では、管理者である部長や課長の業務内容が明確化されていない。本来、管理職とは一定の権限を与えられ、部門の目標を設定し、目標に向かって組織をマネジメントする役職を指す。マネジメントとは目標を達成させるべく、多様なリソースを効率よく配分する業務だ。理想と違い、現実では多くの管理者がマネジメント業務の範囲に誤った解釈をする。「研修中に部長や課長にマネジメントとは何かと質問すると、部下育成、組織運営、目標達成の支援と多様な回答が出る。人によって管理やマネジメントの解釈が異なり曖昧だ。現場では、管理者がしなくても良い業務を背負い込み、本来管理すべき業務に手が回らない事態が多発する」
問題の根幹には、責任・権限一致の原則の崩壊がある。管理職に限らず、あらゆる職務において義務、責任、権限は等しい関係にある。職務の義務と責任を果たす権限が与えられるべしとする原則だ。
「部下に対する指揮命令の権限を使えるならまだ良い。多くの管理者は権限を与えられないまま、義務と責任だけ負わされるのが現状だ。管理職の業務時間が増え、報酬が見合わなくなるのは当然と言える。責任・権限一致の崩壊と役割の曖昧さが管理職業務を増大化させる。報酬が見合わない役職だと若手に思わせる要因だ」
(2)若手の育成が難しくなった
いつの時代も若手育成は容易ではない。近年はさらに難易度が上がったという。働き方の意識の多様化が、一気に加速したのが要因だ。年の差ギャップも顕著である。「ある企業の28歳の若手ホープから、最近の若者は理解できないと相談された。世間ではまだ若者とされる28歳でも、4、5歳年下の後輩の言動に戸惑い、理解不能な若者と認識する。28歳の彼が、さらに年の離れた上司のやり方では、若手が期待通りに育たないと考えても不思議ではない」
先輩から後輩への指導も従来のやり方ではうまく回らないという。パワーハラスメントの認識が広まり、繊細なケアが必要になった。ミスを叱責しても、自主的な判断に任せても、パワハラだと指摘されかねない風潮がある。今の若手には、先輩が背中を見せてステップアップを促す育成方法が適用しない。管理職にふさわしい人材も育ちにくい。
(3)不確実な時代になり、目標達成が難しくなった
世界的なパンデミック、地政学的リスク、大規模自然災害と、次々起こる想定外の事態がビジネスを難しくしている。直面する課題に対応し、組織の意識や行動も変えていかなければならない。柔軟性があれば問題ないが、従来と違う業務をしたがらない人には負担が大きい。変化に弱い部下に、管理者のストレスは増大する。
「コロナ禍は、従来の方法が通用しない、一生懸命やっても報われない状況をつくり出した。対応に追われる部長や課長たちの悩ましい姿を見た若手たちに、管理職は負担の大きな役職とのイメージが一層強まり、憧れの対象ではなくなった」
業務の範囲を明確化する
若手社員が積極的に管理職を目指すようになる施策はあるのか。横山氏は大きく3つの改革が必要だと話す。
(1)管理者の定義を明確にする
目標を達成させるリソースの効率的配分がマネジメントだ。時間管理、健康管理、生産管理、在庫管理と、多様な管理を部下一人ひとりに対して行うのがマネジメント業務である。管理者の業務内容を明確にし、若手への周知が重要だ。
「芸能人とマネージャーの関係をイメージすると分かりやすい。タレントの特性を見極め、能力を最大限に発揮できる出演先を選んで管理する。一方、歌唱力や演技力を磨く教育は、専門家が担う。管理と教育は別ものであり、管理者の本来の業務は前者だ」
管理業務と教育業務の線引きができていない場合、業務の範囲を見直す必要がある(図B参照)。
図B:管理者業務の見直しポイント
(2)部下育成の責任範囲を明確にする

管理者は部下を教育する専門家ではない。例えば、小学校低学年ならまだしも、親が中高生に5教科を教えるのは難しい。親は教え方を知らないから専門家である教師に委ねる。部下の成長を望むなら、教育は専門家に任せるか、専用の教材を利用するなどの仕組みを作るべきだ。
「管理者の部下育成における立ち位置は、親が子どもの宿題を見守るくらいのスタンスだ。やるように促し、ときに励ます程度の責任でよい」
大前提として、教育すべき内容は実務スキルではないと横山氏は言う。例えば、SEにとってのプログラミング、経理にとっての会計は実務スキルであり、身に付いていて当然だ。実務スキルは社内で先輩が後輩に教えられる。専門家を利用して教育を施すべきはマネジメントスキルだ。コミュニケーション能力やリーダーシップをはじめとした、社内に教える方法論を持たないスキルである。「マネジメントスキルは専門家でなければ教えられず、先輩の背中を見ても学べない。育成と教育は、専門家または教材の領分だ。まずは社長や経営陣が、管理職の業務範囲を認識し、余計な負担を強いるのをやめなければならない。はっきりと社内に周知すべきだ」
育成と教育においては見守るだけでいいとなれば、管理者は本来の管理業務を遂行できる。
(3)若手をしっかり啓蒙する
教育と啓蒙は異なる。啓蒙とは、言い換えれば心構えの醸成だ。守らなければならないルールは何か、大切にすべき価値観は何かを理解させるコミュニケーションと言える。
図C:教育と啓蒙の違い
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「教育が学校の5教科だとすれば、啓蒙はホームルームの時間だ。専門家のサポートの下で行うのが望ましい。直属の上司に任せると、その人の感覚で内容がねじ曲げられて伝わる恐れがある」
横山氏は、若手に当事者意識を持たせるのも重要だと言う。当事者意識、つまり自分事としての行いは啓蒙によって培われる。できない業務があっても、上司でなく自分の責任だと理解させる。当事者意識を持って業務に当たれば、ストレス耐性は高まり、やりがいも増幅する。
啓蒙は、役員→部長→課長→一般社員の順にしっかり浸透させるのが基本だ。若く年次が下であるほど啓蒙しやすい。「年次が上がるほど、既存の価値観にとらわれる。中には聞く耳を持たない社員も出てくる。年次が高い社員には根気強く啓蒙の回数を重ね、価値観の変革を促す必要がある」
採用時から教育と啓蒙を
若手の意識改革の実行は早ければ早い方がいい。これから入社する人材に対し、採用方針と採用戦略の徹底した吟味が極めて重要だ。入社後の教育と啓蒙は大変な労力を要する。とりあえず人手を確保するという採用は、結果的に定着率も悪く、幹部候補生の出現率も低くなる。
「採用時から徹底した教育と啓蒙をすべきだ。『うちなんかに優秀な人材は来ない』と先入観を持つ中小企業経営者もいるが、きちんと採用方針と戦略を立て、社長自ら初期面接から関われば、自社に合った人材が入社し定着する」
ある専門商社では、採用時から教育と啓蒙を5年続けた結果、社内に新陳代謝が生まれ、出世を敬遠する若者はいなくなったと言う。初めが肝心で、継続が効果をもたらす。
管理職の業務から部下育成を切り離し、本来の仕事であるリソース配分に専念できるよう体制を見直す。同時に採用時からの教育と啓蒙に注力する。若手が管理職を目指すようになるために取り組むべき施策は多い。
管理職の負担を軽減し
若手のモチベーション向上を狙う
若手が管理職を目指す改革事例
部長を3人体制に改革し、管理職の負担を軽減
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従来は部長1人に対し、補佐役として2人が部長代行の任に就く体制だった。部長の業務は、中長期ビジョンの策定・実行のほか、人材育成・キャリア支援、プロジェクト管理・人材配置と多岐にわたり負担は甚大だった。部長の業務負担を軽減すべく、人材育成・キャリア支援と、プロジェクト管理・人材配置に専念する部長ポストを新設し、部長を3人体制へと変革した。新たな部長2人には部長代行があたり、3人の部長がそれぞれの管理業務に注力できる体制となった。3人で課題を共有し、同等に意思決定する。部員からは「キャリアの相談がしやすくなった」、管理側からは「部員のスキルを把握しやすく、人材計画を立てやすくなった」と評価されている。
管理職体制を廃止し、元部長の組織運営チームを形成
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部署間の連携を強化させ、思い切って管理職を廃止した。代わりに元部長たちで組織運営チームを形成した。チームは強みを生かして協力し、社内の組織づくり、採用、給与評価に専念する。管理職が行っていた情報共有は、社内SNSを使って全員でオープンに行う。社員一人ひとりの会社への貢献度を見える化し、社員が納得する給与評価の仕組みも作った。部長が行っていた出張申請や経費支払いを含む細かい事務作業も、個々に行っている。
若手のモチベーション向上を見据えた採用方針・戦略に転換
社員のほとんどを占める営業職の士気が低下していた。営業部隊には業績低迷の責任を管理職に押し付ける風潮があり、昇進を望む者は少なかった。社内の士気向上、特に若手のモチベーションアップを図るべく、従来のとりあえず頭数をそろえる採用の方針・戦略を見直した。見込みのある少数を徹底的な啓蒙を行ってから採用し、新入社員は社長直下に新設した部署に配属させ、他部署と切り離して営業活動をさせた。新設部署は2年目から従来部署を上回る成績を出し、不平不満の多かった既存社員も営業活動に身を入れ始めた。改革から5年目には、新設部署から成績優秀者を幹部候補生に抜てきし、各部門に配属した。他メンバーに刺激を与え、会社全体はさらに活性化した。