
特集:明日への扉
AI活用は中小企業こそ効果絶大
DXの最初の一歩に
あらゆる業種・業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI活用が進んでいる。
しかし「小規模な会社でも取り組むべきなのか」「何から始めれば良いか分からない」と、立ち止まっている経営者も依然として多い。本当にDXやAIは有効なのか。
人材や資金面に余裕がない企業でもできるのか。探っていこう。
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この記事のポイント
- 人材不足の時代だからこそ、中小企業はDXやAI活用が効果的
- ノーコードなら月数千円からスタートできる! スマホが使える人なら問題なし
- 生産実績をノーコードで管理することで、生産性アップ
生き残るにはAIを味方につけよ
協力:NIコンサルティング 長尾一洋氏
人材がいない、コストをかけられない、IT化できる仕事はない――。
そう言って、DXを先延ばしにする経営者は多い。
実はDXの障壁はさほど高くない。「スマホを扱えるITスキルがあればDXを始めることは可能」と専門家は話す。
企業淘汰の波に飲み込まれたくなければDXやAI活用は待ったなしだ。まず何をすべきか、どんなメリットがあるのかを見ていこう。
今、国を挙げてDXやAI活用が推進されている。企業においては、2024年1月にスタートした改正電子帳簿保存法が大きなきっかけとなった。パソコンで作成した国税関係の帳簿や、メールを介してやり取りした契約書、領収書などの電子取引を、データのまま保存することが任意・義務となった。デジタル時代への対応が求められる一方で、うちには関係ないと見て見ぬふりをする経営者もいる。
「一種の食わず嫌いになっている」。こう指摘するのは、NIコンサルティング代表取締役の長尾一洋氏だ。中小企業のDXを支援する中で、はなからデジタルツールを拒否する経営者が少なくないという。
そもそもDXとは、デジタル技術を活用し、ビジネスの根幹から変革させることだ。これにより、かつては人力で行っていた作業が大幅に効率化できる。
一方AIは、DX推進の手段の一つだ。AIを活用すると、人間では処理しきれない膨大なデータを分析し、予測できる。にもかかわらず、言葉が独り歩きし、DXやAIの活用自体が目的となるケースを見かける。「予算を割くべきだ」「IT人材が必要だ」と構えてしまい、結果、「うちのような小さい会社には無縁だ」と断念してしまう。
AIは生き抜くツール
そもそもなぜDXが急がれるのか。
人口減少による人材不足は大きな課題だ。経理業務を例に考えてみよう。伝票や請求書を紙で管理する会社の場合、営業担当者が取引先で請求書を受け取ったら、会社に持ち帰り経理に渡す。経理担当者はそれを費目ごとにExcelに打ち込む。この方法だと、営業担当者は出先から戻って手渡ししなければならない。経理担当者はそれを待って紙の伝票を処理する。余計な時間と手間がかかる。
AIを搭載した経理システムを使うと、作業を大幅に効率化できる。スマホのカメラで伝票を撮影するとAIが画像を解析し、クラウド上で管理する帳簿に、費目ごとに仕分けし自動入力される。経理担当者は仕分けや入力の手間も待ち時間も不要になる。営業担当者も伝票を届けるために会社に戻る必要はない。
同じくAIを搭載した請求書発行システムを組み合わせれば、AIが適当なタイミングで請求書を自動で作成し送付してくれる。経理担当者が企業ごとに請求金額を手入力して印刷し郵送している企業と比べると、時間も郵送代も削減できる。2024年10月から郵便料金が大幅値上げとなった今、郵送代削減は大きな魅力だ。
「DXに取り組めば企業が成長すると考える人が多いがそうではない。DXの波に乗らなければ、負ける」。長尾氏は厳しく指摘する。
月数千円で始められる
図Aは帝国データバンクが中小企業を対象に行った外部環境の変化に関する調査の抜粋だ。DXの取り組み状況別に、DXにおける課題を聞いた。共通して挙がったのが「費用の負担が大きい」だ。
図A:デジタル化の状況によって異なる中小企業のDX課題
画面を拡大してご覧下さい。
出典:帝国データバンクによる「中小企業が直面する外部環境の変化に関する調査」を基に編集部が作成
- ※1複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない
- ※2DXの取組状況は、2023年時点の状況を集計している
「DXはお金がかかるものと思われがちだが、月額サービスが多く初期投資はさほどかからない」と長尾氏は断言する。いざ着手となったとき、業務上の課題を洗い出して優先順位の高いものから取りかかろうと経営者は考える。これに対し、「そう考えると腰が重くなって、結局何も手を付けずに終わる。今、不便に感じていることを解消する。それをモチベーションに始めるのが良い」とアドバイスする。
「ワークフローシステム」「AI秘書」などとインターネットで検索すれば、目的ごとに多くのサービスがヒットする。小規模なら月数千円で基本的な機能が使える。
自社の業務内容にぴったりのものが見つからない場合は、ノーコードツール(※)を使う手もある。プログラミングが不要で、デジタルに詳しくなくてもシステムやアプリを作れるツールだ。「このデータとこのデータをひも付けて一元管理したい」といったアイデアを形にできる。かかる費用は、こちらも月数千円から数万円程度だ。
- ※プログラミングの知識やスキルがなくても、ドラッグ&ドロップやマウス操作でアプリやシステムを開発できるツール
IT人材はいらない
費用面をクリアしても「誰がやるのか」が次の課題となる。図Aにある通り、「DXを推進する人材が足りない」は2つ目に挙がった。ただでさえ人手不足が常態化する中小企業で、誰が担当すべきなのか。
「先に紹介したノーコードは、スマホを使えるスキルがあれば、誰でも使える。わざわざIT人材を連れてくる必要はない」と長尾氏は話す。
むしろデジタルの知識や技術よりも、当事者意識を持っているかどうかのほうが大事だと長尾氏は続ける(図B参照)。知識があるに越したことはないが、それよりも自社の業務を改善したい、みんなの役に立ちたいという気持ちがあれば、分からないことがあっても学べるからだ。
図B:"DX・AI担当"に適した人材は?

「適当な人材がいない場合は、経営者自身が取り組むのも良い。DX化によって、これまで必要がなかった操作を従業員に強いることがあるかもしれない。それでも業務全体を見ると効率化でき、生産性が上がるのだと、経営者自らが全体像を示し説明すると従業員から理解を得やすい」
DXに取り組む際、経営者の相談相手として長尾氏が推すのは出入りの複合機メーカーや販売代理店だ。
デジタルツールに詳しく、そもそも中小企業をフォローする体制が出来上がっている。複合機メーカーや代理店はDX支援でもうけようと考えず、強く営業される心配もない。もちろんDXに詳しい税理士がいるなら、相談するのも一手だ。
一方、注意したいのが、外部のIT業者への丸投げだ。「ベンダーがいないと何もできない状況を招く。丸投げだと、業者はその企業で求められるレベルが分からず、どうしても機能を"てんこ盛り"にしてしまう。当然ながら料金は高くなる」
業務改善に使うツールは、基本的に社内で使う。割り切れば見た目は多少悪くても、機能が備わっていれば良い。まずはノーコードツールで、自分なりに試作品を作ってみよう。その上で「ここをこう改善したい」とベンダーに具体的に示すと、余分な機能に費用をかけず、必要なシステムを入手できる。
DXで将来を予測
「DXの第一義は業務プロセスの効率化で、その先にあるのがデジタル化によるデータの蓄積だ。有効なデータがたまりAIで分析すれば、フィードフォワード、つまり先を見越した経営となる(図C)」
図C:デジタル化で過去を見える化し、未来へのヒントに

フィードバックは、データを分析して過去を振り返ること。良い結果も悪い結果も変えられない。その点、フィードフォワードはいわば将来へのアドバイスだ。過去の分析結果を未来に生かせる。
例えば、1月の業績の集計に時間がかかり、2月になってから結果が分かるとする。これでは翌月以降にならないと対策が立てられない。もしDX化で分析が早まり、1月中旬に当月の中間業績が分かれば、当月中に改善策を打てる。過去のデータの蓄積からトラブルが発生しそうだと分かれば、実際に発生する前に回避策を講じられる。これがフィードフォワードだ。
「データの蓄積・分析は、経営判断を大きく左右する。いずれ生成AIが今以上に普及すると、アイデア出しや企画書の作成にも活用できる」。まずは身近なところからDX化に着手してはいかがだろうか。
ITツールに搭載されるAIの進化系が生成AIだと考える人もいるが、両者は似て非なるものだ。ITツールのAIはデータを分析して学習し、そこから正解を見つけ出したり予測したりする。対して生成AIは、世の中にあるデータを組み合わせて、文章やアイデアを生成する。
例えば「〇〇に関する数字が分からない」と質問すれば、生成AIはネット上の検索結果を自然な文章で答えてくれる。「納品遅れの謝罪メールを書きたい」と入力すれば、例文を提示する。
こうした生成AIは、相談相手としてなら機能する。アイデアのヒントを得られ、会話しながら思考を整理できる。ただし、生成AIはあくまでもネット上にある情報を拾って組み合わせるだけだ。全く新しいアイデアや文章ではない。ときに偽の情報も紛れ込む。
現段階では、最終判断は利用者がせざるを得ない。「いつ何を聞き、相談しても嫌がらない相手程度に考えておきたい」と長尾氏はアドバイスする。
無料で使える生成AIツールも登場する一方で、業務用にカスタマイズすると高額になるのが現状だ。いずれ手ごろな生成AIが出てくるときに備えて、まずはデジタル化し、AIが分析できるだけのデータを蓄積しておこう。
機械の生産実績をデータ化
課題の先取りで生産性向上
ノーコードツール活用事例:
小高莫大小工業は、衣服の襟や袖などに用いられるリブニットの製造業者だ。創業は1948年。3代目の小高集氏の下、最新式の11台を含む20台の編み機をそろえ、6人の従業員が小ロット短納期の注文に応える。
生産管理に役立てているのが、2022年にノーコードツールを使って開発したアプリだ。1日の作業終了後に、各機械が編んだメートル数や枚数を従業員がスマホで入力し、全編み機の稼働状況を一元管理する。編み機は種類によって編める品番が異なる。機械の稼働実績から生産した品番とその量も把握できる仕組みだ。
面倒なのは最初の一歩
小高氏は以前から社内のIT化を進め、近年はノーコードにも興味があった。そんなとき、墨田区のIT関連企業がノーコードを使ってシステムを作るモニター企業を募集していると聞き、手を挙げた。
アプリ制作にあたっては、最初にそのIT企業が提供する4回の研修を受講した。「社長しか分からないのは意味がない」と考え、新入社員も参加させた。
「ゼロからのスタートだったので、研修を受けられたのは良かった。データベースの概念が分からないと、あとから自分でシステムを発展させられない」
研修を受ける余裕がない場合、解説書や解説動画を利用すれば開発はできる。勉強が全く要らないわけではないが、どういう目的で何をしたいかが明確であればさほど苦労はない。「概念だけ理解してしまえば、組み立てるのは難しくない」というのが小高氏の感想だ。実際に新入社員は数回の講習で、すぐにツールの扱い方を習得した。現在活用する編み機の生産管理アプリは彼らが作ったものだ。
現場にいながらスマホで入力できる簡便さが奏功した。アプリはベテラン社員にもすぐに受け入れられた。今は着実にデータが蓄積されている。
編み機ごとの生産量をアプリ上で一元管理

編み終えた量をスマホから入力できる。メモをして別の部屋にあるパソコンに入力するといった手間が省けるため、従業員の習慣化は早かったという。「開発した従業員自身が他のメンバーに働きかけたことも浸透に一役買った」。ボトムアップの好例だ
情報の見える化で共有が容易に
「品番ごとの生産量をカウントしていなかったころは、翌月になって売り上げが下がったと判明しても要因の分析に時間がかかった。今は編み機ごとの生産量がデータ化され、容易に問題を把握し対策を立てられるようになった」
例えば、毎年11〜12月にフル稼働している秋冬物用の編み機の生産量が少ないとデータが示せば、売上減は冬物の受注が減ったからだと特定できる。どの品番の受注がなくなったか分かれば、機械や従業員の手の空き具合に応じて新商品開発に取り組んだり、売れ筋をあらかじめ作っておいたりと、早めに手が打てる。
アプリを使い始めてから、社内で情報や課題を共有しやすくなった利点もある。
「全機械の生産実績を
無駄を省こうという意識も働くようになった。よく使用する機械は、自発的に作業時間が重ならないよう効率よく使う。おかげで外注に出す作業が減った。内製化で利益率も高まった。
「引き続きデータを蓄積すれば、より精度の高い分析ができる。生産性向上につなげたい」と、小高氏は期待を込めて語った。