特集:明日への扉
中小企業こそ効果は絶大
新卒をとるべき理由
育成コストや即戦力ではない理由から、新卒採用をためらう中小企業は多い。
中途採用すら難しい昨今、数十万人規模の学生が市場に出る新卒採用は
安定的に人材を確保する現実的な方法だ。
大企業との人材獲得競争においても、中小企業ならではの強みを
明確に打ち出せば勝ち目はある。
中小企業が新卒採用に力を入れるべき理由や実践的な方法を考察する。
- 新卒採用
- 人材確保
- 人材育成
- 採用コスト
この記事のポイント
- 中小企業が新卒採用によって得られるメリットは多岐にわたる
- 新卒採用の現状は厳しいが、戦略次第で自社に合った人材を獲得できる
- 新卒採用活動は、理念浸透や意識統一の絶好のチャンスと捉える
若返りを図らなければ
組織は高齢化し破綻する
協力=谷出正直氏(採用コンサルタント・アナリスト)
新卒採用とは、正社員としての経験がない、高校・専門学校・大学卒業見込みの学生や既卒3年以内の人を対象とした採用活動だ。卒業直後の4月入社、秋入学の場合は10月入社を前提に募集・選考が行われる。一方、中途採用はすでに就業経験がある人材を対象とした採用活動だ。即戦力を採用でき、欠員補充や事業拡大を目的とした実施が多い。中でもキャリア採用は、専門性の高い知識や即戦力の獲得を目的とする。応募者の具体的なスキルや実績を重視するのが一般的だ。一方で、若手・未経験者採用を行う企業も増えている。
海外の企業では新卒にも即戦力を求める。卒業見込みの学生を一括採用する新卒採用は、日本特有の採用方法といわれる。
当然、新卒採用は中途採用より研修コストがかかる。それを差し引いても企業にとって新卒採用のメリットは大きいと、採用コンサルタントの谷出正直氏は話す。第一に人材育成の観点でメリットがある。
「新卒採用の最大のメリットは、自社に必要な人材をつくり上げられる点だ。中途採用とは決定的に異なる。社会人経験がなければ、自社文化になじみやすい。中途採用の場合、他社での常識が新しい環境で通用しなければストレス要因になり、会社になじむにも時間がかかることがある」
毎年同じ時期に一定数の新卒を入社させるサイクルがあれば、人材育成の計画も立てやすいと谷出氏は指摘する。長期的な成長を狙った研修を計画的に実施でき、結果的に自社が求める中核人材の効率的な育成につながる。
新卒の入社サイクルを踏まえた研修は、人材をまとめて育成できる。同じスタートラインから初年度、3カ年、5カ年と計画的に行える。ゼロベースからの研修で自社に合う人材を育成でき、自社に適した組織への熟成が見込まれる。長期的な取り組みになるが、必要なキャリア人材をその都度補充するより、狙い通りの組織づくりができる。
第二に企業成長のメリットがある。見逃せないのは会社の若返り効果だ。組織の高齢化が進めば、会社はいつか行き詰まる。若い世代の導入は次世代に向けた種まきと言える。
「社員の年齢に幅があるのが理想だ。組織内に世代間交流が生まれるからだ。継続して若手が入れば、教わる側だった新人が次は教える存在となり、組織で培われた技術や知見が引き継がれる。組織は新陳代謝を繰り返してこそ活性化する」
一方、高齢化した組織は世代間交流の作用が働かず、
第三のメリットとして、採用コストの優位性が挙げられる。中途採用は人材紹介会社の利用が近道だが費用はかさむ。人材紹介会社への報酬は、転職後年収の3割程度を支払うのが一般的で、500万円なら150万円程度となる。一方、新卒採用は、1人当たりの一般的コストは50万円前後となる。
「新卒採用にはコストがかかると考える中小企業経営者は多いが、中途採用より低い。育成コストはかかるが、自社文化になじむ幹部候補の育成と考えれば、決して高くはないはずだ」
しかも新卒採用は大卒だけで毎年約40万人が市場に出る。いつ動くか分からない中途採用より、安定的かつ計画的な採用を狙える。
図A:中小企業が新卒を採用するメリット
画面を拡大してご覧下さい。
中小企業に就職するメリットを打ち出す
求職者にとっても、中小企業に就職するメリットは大いにある。実感しやすいのは自身の成長スピードの速さだ。大企業に比べ、従業員1人当たりに大きな裁量が与えられる場面は多い。早期から第一線に立つ可能性は高く、やりがいを感じられる。自分が会社の役に立っている実感は向上心を生み、積極的に能力を発揮しスキルも向上する。若いうちから活躍する社員は、会社への愛着心や貢献意欲を示す従業員エンゲージメントも高い傾向にある。
谷出氏は「中小企業が大企業よりも決定的に優位なのは、従業員と経営陣との距離が近い点だ」とも指摘する。
「従業員にとって、経営陣に自身が認識される環境はやりがいに直結する。経営陣と話し、意見が採用される機会があれば、業務にさらに力が入る。裏を返せば、大企業ではこの実感を得られにくい。近年の就職活動では、安定や待遇に加え、自分らしく働ける環境ややりがいを重視する学生が増えている。その流れの中で、大企業だけでなく中小企業にも関心を向ける学生が増加傾向にある」
図B:求職する新卒が中小企業を選ぶメリット
画面を拡大してご覧下さい。
近年の新卒採用は、売り手市場だと谷出氏は話す。「リクルートワークス研究所によると、26年卒の大卒求人倍率は1.66倍だ。イメージとしては、それぞれの企業が1人採用するとして、求職する学生10人に対し、採用したい企業は約17社となる。つまり7社が採用できないほど、学生に有利な売り手市場だ。従業員300人未満の企業では、25年卒6.50倍から26年卒8.98倍へと急上昇し、1人の学生に対して9社で争う計算だ」
中小企業の新卒採用が難しい要因に、大企業との待遇格差がある。賃上げと働き方改革の取り組みが求められる中、中小企業は大企業ほど改善できていない。初任給や福利厚生が見劣りするケースも多い。
学生が大企業の情報を得やすくなったのも大きいと谷出氏は話す。「売り手市場が続く中、大企業は自社の採用ホームページ、SNSや動画などを積極的に活用し、学生への情報発信量は確実に増え続けている。中小企業との格差は大きい」
就職活動スケジュールも大きく変化した。4年制大学の場合、かつては3年生の3月1日に広報活動解禁、4年生の6月1日に面接活動解禁、4年生の10月1日に内定解禁といった就活ルールを経団連が主導していた。
経団連が21年春入社の学生から就活ルールを廃止すると、政府が主導してルールを設定したが、年々形骸化が進んだ。近年は3年生の春から準備を始め、夏のインターンシップ等の参加が就職活動の実質的なスタートとなっている。
日本でのインターンシップの広がりには、中小企業が大企業に採用活動で勝つために取り組んだ背景があった。近年は大企業でもインターンシップの実施が増え、表面上は就活ルールを守るが、水面下で早期内定を出すケースが増加した。
図C:大学生の就職活動スケジュール
画面を拡大してご覧下さい。
この記事は、読者登録をすることで続きをご覧いただけます。
残り1999文字 / 全文4935文字