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治療と就労を両立させる

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この記事のポイント

  • 日本人の2人に1人が将来がんを発症する可能性がある
  • がん検診による早期発見が大切。完治や生存率アップにつながる
  • 従業員のがん発症に備え、支援サービスや社内制度を整える

「がんになったらもう働けない」と思っていませんか? 医療の進歩や国の取り組みなどにより、がん就労者を取り巻く環境は変わってきています。知識をアップデートしましょう。

日本人が一生のうちにがんと診断される確率は男性が65.5%、女性が51.2%と、日本人の2人に1人が相当します(※1)。一方、がん全体の5年生存率は男性が62.0%、女性が66.9%と6割を超えています(※2)
がんは誰にでも発症する可能性があり、なおかつ治療で生命が助かるケースも多い病気であることが分かります。

  • ※1国立がん研究センター がん統計2019年データに基づく累積罹患率
  • ※2国立がん研究センター 地域がん登録による2009~2011年の5年生存率データ

がんに関する知識、正しく認識している?

下のグラフの数値は、各項目(がんに関する正しい知識)について「知っている」と回答した人の割合を示しています。(複数回答)

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全国の18歳以上の男女3000人を対象に「がんについて知っていること」を聞いた結果、日本人ががんにかかる確率や5年生存率について知っている人はいずれも3割前後だった

(出典:内閣府「がん対策に関する世論調査(平成28年11月調査)」を加工して作成)

不治の病ではない

しかしこのような情報を正しく認識している人は、内閣府の調査によれば3割程度しかいません(グラフ参照)。
「がんになるのはまれ、かつ不治の病だと思っている人はまだまだ多いようです」と、国立がん研究センターがん対策情報センター本部の若尾文彦さんは話します。
就労者の中には、がんになったら仕事をやめて治療に専念しなければならない、会社に迷惑をかけたくないから離職するしかない、と考える人も少なくありません。
「医療の進歩や公的な支援制度などにより、がんになっても治療や定期的な検査を受けながら仕事や社会生活を続けることが可能です」
従業員ががんを発症したときも慌てず、治療と仕事を無理なく両立してもらうために、がんについて正しい知識を身に付けましょう。

がんとは

早期発見は高度治療に勝る

そもそもがんとはどんな病気なのか、
どのように進行するのか知っておきましょう。

「がんは、遺伝子が傷つくことによって起こる病気です。医学的には遺伝子の変異といいます」と若尾さん。
人の体は何十兆個もある細胞でできていて、常に細胞分裂を繰り返しています。分裂前の細胞は、遺伝子をコピーして新しい細胞をつくり出します。その際に何らかの要因で遺伝子に傷がつくと、異常な細胞が生まれます。
「多くの場合、異常な細胞は体に備わる免疫機能によって排除されます。しかし中には免疫の攻撃などをかわし、生き残る細胞もあります」
生き残った細胞の遺伝子変異が繰り返され、増え続けると「腫瘍」と呼ばれる細胞のかたまりになります。
腫瘍には悪性と良性があり、悪性腫瘍を一般的にがんといいます。進行すると、増殖した異常な細胞が周囲に染み込むように広がる「浸潤」や、血管やリンパ管を介して異常な細胞が別の臓器や器官に移動し、増殖する「転移」が起こります。
一方、良性腫瘍は浸潤や転移を起こさず、ゆっくりと増殖します。必要に応じて手術を行い、完全に取り除けば再発しません。

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症状が出てからでは遅い

どんな病気でも早期発見・早期治療は重要です。特にがんは、早期発見が治療による生活の質の低下を防ぎ、生存率を高めます。
「がんは10~20年ほどかけて、検査で発見できる1cm程度の大きさになります。ここから1~2年かけて2cm程度の大きさになるまでが早期がんの期間です。この段階で適切な治療を行えば、ほとんどのがんにおいて完治が期待できます」
その後はがんが急速に進行し、全身への転移などのリスクが高まります。
「痛みや体重減少といった自覚症状が現れるのは病状がかなり進行してからです。自覚症状がなくても定期的に検診を受けることが重要です」

がんの早期発見には検診が不可欠

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1cm以下のがんは検査しても発見が困難。そこから2cmになるまでは1~2年しかかからない。早期のがんを見逃さないためには、1~2年に1回のペースでがん検診を受ける必要がある。早期のがんは自覚症状がなく、検査でしか発見できない(資料提供/国立がん研究センター がん情報サービス)

がんを予防するには

がんを引き起こす遺伝子の変異には、喫煙や過度の飲酒、ウイルスや細菌による感染、化学物質や放射線など様々な要因があります。
国立がん研究センターでは「日本人のためのがん予防法(5+1)」として、「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」の5つの改善可能な生活習慣に、「感染症の検査を受ける」を加えています。
「5つの生活習慣に気を付ける。しかしそれだけでがんを防げるわけではありません。検診も予防の一環と考えましょう」

検診の活用

定期的ながん検診に企業で取り組む

従業員へのがん検診の促進は
企業が行うべき重要ながん対策の一つです。

がん検診は利益と不利益を理解した上で受けることが大切です。
「利益は、がんの早期発見・早期治療による死亡の予防です。不利益は、確実にがんが見つかるわけではない、不要と思える検査も受けなくてはならない、などです」
得られる利益が不利益を上回ると科学的に認められ、死亡者を減らす効果が確実とされているのが「胃がん」「大腸がん」「肺がん」「乳がん」「子宮頸けいがん」の5つに対する検診です。現在、国が受診を推奨しています。
「これらのがんは進行すると命に関わる場合がありますが、治療法が確立されています。早期発見・早期治療で死亡を防げます」

1~2年に1回受診、がんの疑いがあれば精密検査が必須

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がん検診の結果、がんが疑われた場合は精密検査を必ず受けよう。精密検査はがんの早期発見・早期治療につながり、死亡リスクを減らすチャンスとなる。従業員にはがん検診の促進とともに「精密検査の受診推奨」も実施しよう(資料提供/国立がん研究センター がん情報サービス)

出勤扱いで検診促進

事業者に年1回の実施が義務付けられる定期健康診断とは異なり、がん検診の実施は任意です。企業や健保組合による職域におけるがん検診もありますが、一般的なのは在住する市区町村での住民検診です。
「従業員の健康を守るために、事業者はぜひ企業として従業員にがん検診を受けるよう勧めましょう。受診のために欠勤や有給休暇を取る必要がないよう、勤務時間内で受診できる仕組みづくりも検討していただきたい。実際、すでにそうした取り組みを行っている企業もあります」

がんの3割が働く世代に発症

がんは高齢になるほど発症のリスクが高くなります。がんの約3割が20~64歳の働く世代で発症しています。
「雇用延長制度の影響もあり、従業員ががんになる可能性は今後も高まるでしょう」
日本の5つのがん検診の受診率は平均で約47%(※3)と、決して高くありません。企業としての積極的な取り組みが期待されます。

  • ※3国民生活基礎調査による2022年のデータの概算

国が推奨するがん検診の主な検査項目・対象年齢と検診間隔

  • イラストはイメージです

胃がん

胃部X線検査
胃内視鏡検査

  • 50歳以上(※4)
  • 2年に1回(※5)
  • ※4当分の間、胃部X線検査は40代にも実施可
  • ※5当分の間、胃部X線検査は年1回実施可

大腸がん

便潜血検査

  • 40歳以上
  • 1年に1回

肺がん

胸部X線検査
喀痰細胞診(※6)

  • 40歳以上
  • 1年に1回
  • ※650歳以上で、喫煙指数(1日本数×年数)が600以上の人が対象

乳がん

マンモグラフィ検査

  • 40歳以上
  • 2年に1回

子宮頸がん

細胞診

  • 20歳以上
  • 2年に1回

出典:厚生労働省「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」、厚生労働省「職域におけるがん検診に関するマニュアル」

企業の対応

治療と就労を両立させる

従業員ががんと診断された場合を想定し、
企業ができることを備えておきましょう。

「がんと診断された従業員への対応は、企業における重要な経営課題の一つです。就労が困難であれば解雇が必要なケースもありますが、貴重な人材を失うのは企業にとっても大きな損失ではないでしょうか」
昨今は体への負担が少ない内視鏡手術が普及したことで入院期間が短縮し、仕事への早期復帰が可能です。抗がん剤などの化学療法や放射線療法も副作用が抑えられるようになり、通院で治療する人も増えています。
一方で、通院で有給休暇を使い果たしてしまう、体力的に通勤がつらい、といった問題から働き続けるのが難しくなる場合もあります。
「通院日は有給休暇を半日あるいは時間単位で取得できるようにする、時差出勤で通勤ラッシュを避けられるようにする、リモートワークで仕事に参加してもらうなど、企業が少しだけ柔軟に対処すれば、働き続けられるケースは増えるはずです」

従業員ががんと診断された場合に備える企業の対応策

がんと就労について情報を集める

厚生労働省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/guideline/)」や、医療機関や患者団体が開催するがんと就労に関するセミナーに参加するなどして情報収集を。

社内の支援制度を総点検する

有給休暇や病気休職、時短勤務、フレックスタイムなど、検査や治療のために仕事を休む必要がある従業員が活用できそうな制度の洗い出しと整理をしておこう。いざというときにスムーズに情報提供し、相談に応じられる。

正しい知識と制度を周知させる

管理職の対応は、会社への信頼を高める上でも重要。管理職研修で、がんに対する正しい知識や、がんと診断された従業員への対応の仕方、利用できる制度などを周知するよう努める。社内外の制度は日頃から従業員に知らせておこう。

正しい情報を基にする

従業員の仕事と治療の両立を支えるには、どんな治療を行い、どのような副作用が予想され、将来的にどう変化していくのか、正しい情報を集めた上での検討が重要です。
インターネットにあるがん情報の中には、内容が古いものや効果が科学的に確認されていないものも多いので、確かな情報源を入り口にしましょう。下のウェブサイト(※)は、がん患者本人はもちろん、管理職にも役立つ情報が掲載されています。
なお、仕事においては周囲の人々の理解も必要ですが、本人の了解を得ることなく「あの人ががんになったので協力をお願いしたい」などと口外するのは厳禁です。
「医療情報は重要な個人情報です。上司や同僚、顧客など、誰にどのような情報をどこまで開示するかは、本人と相談の上、慎重に判断しましょう」

がんの標準治療

世界中の臨床試験を基に医学的効果が証明された、現在利用できる"最良の治療"として、手術療法、薬物療法、放射線療法などの「標準治療」がある。「最新治療」のほうが優れていると誤解されがちだが、新しいが故に効果が実証されていない。

手術療法
腫瘍や、がんのある部位を切除する。手術の方法や起こり得るリスク、合併症などについて医師の説明を受け、十分に納得した上で行われる。
薬物療法
がん細胞の増殖の仕組みを直接攻撃する抗がん剤を用いた化学療法や、がん細胞に関わる分子を標的にする分子標的治療薬を用いた治療などがある。薬により効果や副作用は異なる。
放射線療法
がんの部分を中心に放射線を当て、がん細胞を死滅させたり、痛みを緩和させたりする。1回当たりの治療時間は10~30分で、通院での治療も可能だ。
緩和ケア
がんに伴う心と体のつらさを和らげるのを目的に、がんの治療と並行して行われる。全国のがん診療連携拠点病院には専門職が集まる緩和ケアチームもある。

がんに関する正しい情報はここで収集

がん情報サービス
国立がん研究センターが運営するウェブサイト。がんの基礎知識から「がんと仕事」「がんとお金」といった制度・サービスに至るまで「確かな」情報を発信。
https://ganjoho.jp/
がん相談支援センター
全国の「がん診療連携拠点病院」や「地域がん診療病院」に設置されている、がんに関する相談窓口。誰でも無料・匿名でがんに関する疑問や不安などを相談できる。最寄りのがん相談支援センターは下記サイトを参考に。
https://hospdb.ganjoho.jp/kyoten/kyotenlist
監修

若尾 文彦

国立がん研究センターがん対策情報センター本部 副本部長

ウェブサイト「がん情報サービス(https://ganjoho.jp/)」や「がんの冊子」などを通して、信頼できる、分かりやすいがん情報の発信と普及に取り組んでいる。